09 体温を感じて
『さあ、入って入って』
『お邪魔します』
『いやぁ、普通の家で申し訳ない』
確かに上坂さんのマンションは街並みに溶け込むくらいのよく見るような外観で、部屋も特別広いわけではなかった。
それでも自分で働き、こうして部屋を持っていることに対して大人は凄いなあと感じる。
玄関先の奥にすぐ扉があり、居間が広がっていた。
ベッドとテレビの間にローテーブルを挟み、そのさらに奥にキッチンがある。
『あっ、なんか色々片付けてなかった』
上坂さんが慌てた様子でローテーブルの上に置かれていたスナック菓子の包装紙やお酒の缶を片付け始めた。
どれも中身は空のようで、食べ終わった後そのままにしていたようだ。
『普段から飲むの?』
『うん、まあ。寂しいからね』
返事に困るようなことをあっけらかんと言いながら、上坂さんはゴミを片っ端からゴミ箱に放り込んで行く。
よく見ると床の方にも散らばっていて、きっちりした見た目の印象とは裏腹に家の中ではずぼらな方なのかなと想像した。
『ごめーん、汚くて。今日来るって分かってたら、ちゃんと掃除しといたのに』
『あ、大丈夫。気にしないで』
あと絶対予測不可能な予定だし。
それにこれくらい緩んでくれている人の方が、あたしを受け入れてくれる余裕がありそうで何となく接しやすい気もした。
だいたい片付け終わると、上坂さんはニコニコしながら近づいて来る。
『そんな立ってないで、座ってよ』
『あ、うん』
座らせてもらったのはベッドの上。
ああ、本当に始まるんだなと、分かっていたことながら緊張感が走る。
でも、上坂さんならそんなヒドイことにはならないよなと思うとともに、女子同士ってどうやるのかと疑問に思う部分もある。
そこら辺はリードしてくれるのだろうか。
『じゃあ……するよ?』
上坂さんの目が座っている。
さっきまで緩みきった表情で目もとろんとしていたのに、今は真剣そのものだった。
それだけ本気ということか。
覚悟は決めていたから、あたしは素直に頷いた。
『うん、いいよ』
『それでは……』
するっと、上坂さんが私に向けて腕を伸ばす。
最初はどうするのかと思ったけど、ブレザーのボタンに手を伸ばし脱がされる所から始まった。。
そのまま次々と脱がされ、いよいよ脱ぐ物がなくなる。
女子同士でもそういうことをする相手に見せる裸では、恥ずかしさがこんなに違うんだなと実感する。
血液が全身を駆け巡っていくのが分かった。
『綺麗だね』
『そうかな……』
そんな、不純物のないようなものを見るような視線のせいで余計に体が熱を帯びる。
『あ、部屋暑いよね。ごめんごめん』
火照る体も、肩に触れる上坂さんの手からは容易に伝わってしまう。
それを部屋の暑さと思ってくれた上坂さんは、クーラーをつける。
『あ、一方的に脱がすばっかりじゃダメだよねぇ』
そう言って上坂さんは、ぽいぽいっとスーツを脱いで床の上に放り投げていた。
なんだかその仕草が子供っぽかった。
『ふふ』
『あれ、何か面白いところあった?』
思わず吹き出してしまうあたしを上坂さんは不思議そうに首を傾げる。
『いや、なんか子供っぽい脱ぎ方だなって』
『えへへ、ムードがなかったか』
そう言ってやはり上坂さんは無邪気に笑った後、また急に素の表情に戻る。
その切り替えの早さとか表情の真剣さは、ああ、上坂さんも大人だなぁと再認識させられる。
『じゃあ、いいよね?』
上坂さんの手があたしの肩に触れる。
和んでいた空気が、少しだけ色づいたものに変わっていく。
もう後戻りは出来ない。
『うん、いいよ』
『それじゃあ……』
その手がすうっと肩から腕へと滑り落ちる。
あたしの肌を指先で撫で、感じ取っている。
『肌すべすべだね』
『あ、ありがとう……』
大人の女性にそう言われると、何だか自信が持てるような気もする。
それなりに手入れしている効果があっただろうか。
『ていうか、なにこの張りと弾力。若々しさが半端じゃない……まるで10代の肌ね』
そこで、上坂さんは感嘆しながら変なことを口走る。
冗談なのかな、と思いつつも口にする。
『そりゃ10代だし』
『……へ?』
『え?』
上坂さんの指がぴたりと止まる。
同時に目の動きもフリーズしていて、本気で驚いているのが分かった。
……いやいや、制服着てたんだし。
酔っぱらってても、そこは分かるよね、さすがに。
『あ、大学生的な?』
大学生になる予定もないし、そんな大人になってからも制服を着るとかムリだから。
『いや、女子高生だけど』
『……OB?』
意味わかんない表現をし始める。
『いや、現役』
『現役女子高生?』
『うん』
『……あたしは、現役社会人』
改めて自己紹介された。
『いや、それは分かってたよ?』
『なるほど、なるほど……私だけが分かってなかったのか』
うーんと、上坂さんは眉間にしわを寄せる。
どうやら葛藤を抱えている様だ。
『……これって、まずいんじゃない?』
『そう、かな』
まあ、良いことではない重々承知の上だけど。
『いや、うん。ダメだよ、10代はさすがに』
うんうん、と上坂さんは突然頷き始める。
自分で疑問に感じ、納得したらしい。
そのまま両肩に手を置かれる。
さっきまでの優しい手触りとは違って、力強く掴まれる。
その指先にさっきまでの繊細さはない。
『抱かせてくれるかわりに、家に住ませてあげるんだよね?』
『う、うん……』
再確認される。
『じゃあ、こういうことにしよう』
『え、あ、おおっ』
そのまま上坂さんの腕に抱かれ、こてんとベッドの上に横になる。
『一緒に寝よう』
『……え?』
なにそれ。
なんか思ってたのと違う。
『抱かない、の?』
『抱いてるよ』
まあ、上坂さんの腕には抱かれてはいる。
物理的な意味で、だけど。
『気持ちいいから、これで十分だよ』
『あ、えっと……これだけ?』
返事はない。
『……すぅー』
『マ?』
横になった途端、上坂さんの寝息が聞こえて来た。
こんなにすぐに寝てしまうなんて、やはり社会人は疲れているのだろうか。
あたしは訳も分からずどうしていいか悩んだけど、どうしようもないから眠ることにした。
◇◇◇
上坂さんとの出会いは、こんな流れだった。
結局、体を重ねはしたけど、それは文字通りでそれ以上の意味は何もなかった。
しかも、翌朝に目覚めた上坂さんはさっぱりその記憶をなくしていて、見るからにあたしのことを不審者扱いしていた。
このままじゃ家を追い出されると思い、咄嗟に嘘をついた。
実際に始まる寸前ではあったし、状況的にもそうとしか思えない条件が揃っていて、上坂さんはすんなり信じた。
上坂さんは社会人で、大人で、優しい人だろうから。
きっとそのことに罪悪感を覚えて、あたしを住ませてくれる方向に落ち着くだろうとは思っていた。
でも、今はそんなことをした自分に罪悪感を覚えている。
それでも真実を打ち明ければ、上坂さんは何も過ちを犯していない事に安堵し、いよいよあたしを実家に戻そうとするだろう。
そこまでしないにせよ、ここから追い出す事は間違いない。
あたしを住まわせる責任なんて、ないのだから。
だから、あたしはこの嘘をつき続けるしかない。
「それとも、本当のことを言ってもあたしをここに置いてくれる……?」
寝息を立てる上坂さんの背中に、返ってくるはずのない言葉を送る。
そんなわけないやと頭を振って、あたしは目を閉じた。
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