第127話
思った以上に議論を交わし、時刻は昼前となる。代表選手を決めたのち、その強化練習を指導する先生の件で長引いてしまったからだ。
会議では、代表選手の顧問が主体で、選手を指導するといった案が多かった。結局のところ、会議での結論は候補の先生を複数名まで絞り、誰が中心に見ていくかは選手の意見をとりいれる、といったところで話を終えた。
「それでは、今から小体育館での選手発表を行いますので、各顧問の先生方は移動をお願いします」
*
小体育館へと移動すると、そこは小さなアリーナのような空間だった。壁際には弓具の置場があり、その近辺では騒がしい声も響いていた。
綺麗なフローリングの床を歩きながらも、指定された席へと向かうのだが……。
「イエイ! アナタもアメリカンね!」
「だからぁ~。これはただのオシャレだっての!」
「そんな事ないネ。日本語ウマチーよ?」
「キーーッ!! あたしゃ日本人だぁぁ!」
金髪の榊󠄀原とブロンド髪の狩野が揉めてるし……。
「うそ……榊󠄀原さんって外人なの?」
「ちがうわ。黄金の毛虫よ」
「……矢野って、ほんと頭悪いのね。頭の中大丈夫?」
「お人形さんよりは頭いいわよ」
「あれは芝居だって言ってるのに、やっぱり矢野はバカだわ」
「筒野こそ、彼氏いない歴何年よ?」
「それを言うなあ! このヘタクソ!」
「はぁぁ? あんたのがヘボいでしょ!!」
矢野と筒野は喧嘩してるし……。
「ハァーハッハ! ふじわらぁ〜、コイツにまけてんぞぉ!!」
「クックック、やるにゃあ。これならどうニャ!!」
「ほぅ。ならば、ハァ~~~ソイヤ! ソイヤ! アスパラテサービス!!」
2匹の蛇と歌舞伎がなんかやってるし。回転しながら反復横跳びの速さでも競ってんのか?
それに、あれはなんだよ……。
「俺の笑顔は……俺のスマイルは……」
「だから斉藤ちゃん、まわりくどい事するからだって。なぁ、郷田ちゃんもそう思うだろ?」
「おおぉぉ! 男はハートの熱さで勝負だぁぁ! 立ち上がれぇぇぇ!!」
まったく意味がわからん。斉藤が何に落ち込み、なぜ励まされているのか。
上杉は椅子に座って待機しているところをみると、一番まともだな。
俺は教員用の席へと座ると、騒いでいた連中は顧問達が座る様子に気がついたのか、席へと戻っていった。
近くの席へと座った藤原は、相変わらずニヤニヤしている。横並びに不満そうな榊原と、しかめ面の矢野も座る。
やがて前方のステージに大会役員が立つと、ザワついていた雰囲気が静かになった。マイクを手に持ち、資料を片手にありがたい話が始まる。
「今回の選考会にご参加くださった選手の皆様。並びに顧問の先生方にお礼申し上げます。今大会では多くの候補選手達のご活躍により、各学校の先生方とも深く議論を重ね、以下の選手を弓道FPS盃の代表選手といたします。まずは―――」
男子の部
1、光陽高校、「斉藤 弓雄」選手
2、熱血高校、「郷田 熱士」選手
3、二ノ宮高校、「徳川 響」選手
女子の部
1、真弓高校、「藤原 瞳」選手
2、二ノ宮高校、「北条 久美」選手
3、光陽高校、「上杉 まお」選手
会場には拍手の音が響く。健闘した選手達をたたえる音色の中、呼ばれた選手達はステージへと上がっていく。その様子はとても微笑ましく、羨ましいと思うほどだ。袴姿の男女がそれぞれ立ち並ぶと、大会役員は言葉を続けた。
「代表選手の強化練習にともない、その特別顧問を決めたいと思います。それにつきまして、彼らから意見を募りたいと思います。その候補ですが―――」
「オオオ! その必要は、なぁぁぁい! 俺の魂は、もう師匠を決めているぅぅ!!」
「ソイヤ! あぁ〜それはもう、決めているぅぅぅ。まぁ〜いぃ〜」
すると突然、男子代表の選手達が大会役員の言葉を遮った。舞い、熱く吠えながらも。
弓雄はカッコ良さそうな角度になると、大会運営者からマイクを受け取り、迷う様子もなくこう言った。
「フ、これは相談するまでもなく、俺達の意見は一つだ。それは俺が弓道に憧れ、弓道家を目指すキッカケをくれた大先生。俺はその人に近付くべく、毎日のように弓の技術を磨いてきたんだ。こんな機会、もう二度とないと思う。俺が高校で弓を引く最後の大舞台。俺はその人に弓道を、教えてもらいたいです!」
斉藤の言葉のあと、女子達も顔を見合わせ、負けじと叫んだ。
「ハァーハッハ、それいいなぁ! おもれぇなぁ〜!」
「そうです! だから、わたしも絶対その先生がいいです!」
たじろぐ大会役員には見向きもせず、その瞳は輝いていた。無垢な瞳で―――その場にいる全員が、そんな目をしていて。なぜそんなに真っ直ぐなのか……不思議なもんだ。
「クックック! さぁ、はやくここに来るのだ! 先生しかいないな! そうであろう、そうであろう!!」
一瞬まさかと思ったが、隣に座っていた晃が、俺の肩をグイグイとしてきやがった。
後ろを振り向くと、武田も早く行けと言わんばかりの表情だ。2人とも強化顧問の候補だろうに……。
すると、ステージ上にいる選手達が、声をそろえこう言ったよ。
『『弓の使い手、後藤葵せんせい!!』』
(なんだよ、弓の使い手かよ……みんなよく知ってんな)
俺は気恥ずかしく立ち上がると、ステージの上へと向かう。誰も異論はないのだろうか?
少しは反論してほしいものだが、もはやそんな雰囲気ではなかった。静かな脚光を浴びるなか、ステージへと歩き進んでいく。
やがてステージ上へと登りきると、俺は斉藤からマイクを受け取った。何かを待ち望んでいるかのような、そんな目を輝かせるその子達に向き直る―――受けとめるよ、その想い。
「俺を指名したからには、全力でやること。だから俺が持つ知識と技を託すよ。当然、他の学校の先生方も、協力お願いしますね。1人でどうにかするよりも、チームで支え合ったほうが、人一倍の成果になるんで」
拍手の音―――止まぬ歓声。それは俺に向けられたものではなく、これから未来に向かって羽ばたく、次の世代による門出を祝うもの。
俺はただ、これから進もうとするその背中を押してやれればいいさ。
持っていたマイクを大会運営者に手渡すと、深く頭を下げ、ステージを降りていく。次の時代を担う選手達に、背中をみせて。
弓の使い手。それはつい最近まで懸念していた俺の名声、俺の過去。でもそれは、ここにいる選手達にとって、関係ない事なのかもしれない。
ただ純粋に、弓が好きだからこそ、俺の事を知っているんだろう。俺もいつまでもモヤモヤした気持ちを抱えてたんじゃ、カッコ悪いな。
だけど、こうやって新しい世代の手助けを出来るのであれば……やれやれ、もっと弓道FPSに関する、弓術を勉強しないとな。
心の奥底にある俺の想いは、来年は真弓高校でインターハイの優勝をすること。でもこれは寄り道じゃない、弓術を学ぶための道中だ。そのためには、どうするべきか。……そうだな、もうちょっとあの人に聞いてみるかな。
(俺も―――腕を磨かないとな)
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