第125話 「選考会・女子の部、1」

 競技スタートから走り出した、安大寺高校の女子「狩野かりの 朱里しゅり」選手。

 背中の矢筒から矢を1本だけ取り出し、弓につがえた。


 縛ったブロンズの髪がなびくと、1つ目の的を狙うべく、弓を構える。

 流派は斜面打起し、左手を目一杯に伸ばしてからの引き分け。会はなく、力強く弦を引くと、すぐさま離れをだした。


 バッシュン――――パァン――――。


 勢いよく飛び出した矢は的を貫き、左手を伸ばしたまま次の矢をつがえる。身体の向きをかえ、つがえたと同時に弦を引く――――離れ。


 バッシュン――――パァン――――


「いえい! どんどんいくネ!」


 脚力こそ普通だが、弓を構え左手を固定してからの引き方には、まるで弓道FPSに特化した実戦向けの射を感じる。従来なら親指が擦れるような手の内だが、左手親指を覆う、『押手おしてがけ』をすることで左手を保護しているようだ。

 そのまま3つ目の的を射抜くと、桟橋を目指して走り抜ける。


「よーし、次はあそこだネ――――狙うヨ!」


 桟橋の中央で立ち止まると、弓を構え矢をつがえる。ゆっくりとそり返る和弓―――狙う――――――バッシュン――パァン!


 水面にゆらゆらと浮かぶ的を射抜き、身体の向きを変えながら駆け出す。その表情は、とても楽しそうなのが伝わってくる。


 やがて橋をこえ、袴姿で道中に現れた2名の射手。ブロンド髪の選手を狙い射る。真っ直ぐに道のセンターラインを進んでいく狩野選手。

 射手から放たれた矢は、挟み込むように飛んでいく。

―――バシュ――バシュン!


「防いでみせるネ!」


 前進しつつ弓を振るい、矢を弾いた。


――――カンッ―――カン!


 そのまま矢をつがえ、すぐさま左、右へと矢を射る。矢勢のある連続射撃!


――――バシュン―――――パァン!

―――――バシュン――――パァン!


「イェイ! そのままゴールまでいくネ!」


 縛っていたブロンズの髪をほどき、ゴール地点で和弓を掲げた。

 キラキラと光るその姿に、俺は内心見事だと思った。


 ***


 競技が終わると同時に、安大寺の先生から声をかけられた。


「あの……あの……」

「上手いですね。実戦的な射だし、点数も高得点。強い選手だと思います」

「ポッポッポ、私も同感ですね。代表選手として、候補の1人だと思います」

「ははは、山王さんもそう思いましたか。そうですね、これが素直な感想ですよ」


 その言葉に安堵したのか、眼鏡をカタカタさせはじめた女の先生。しかし、選手達には見えないとはいえ、いきなりハードルが上がったかのように思う。


(さてと、次は二ノ宮高校だな)


 二ノ宮高校の北条は、選抜大会の中でも腕がある選手の1人だった。藤原と同レベルの腕前でもある。さて、どうなるかな。


 ***


 競技スタートと同時に走り出した、二ノ宮高校の「北条ほうじょう 久美くみ」は、背中の矢筒から矢を2本取り出し、矢をつがえ、取矢。

 背を低くしながら、道をそれ、的へと近づく。

 1つ目の的、弓を構えた。打起しからの引き分けは素早く―――会となる。立ち止まることなく、スピードと反射神経をフルに活用し、次々と的を射抜く。

 

―――バシュン―――――パァン!

―――――バシュン――――パァン!


 1つ―――2つ。蛇行するように走り抜けるも、その速度は速い。短髪の紫髪がなびくほどのスピード。


「ハーッハッハ! おもれぇなぁ!!」


 3つ目の的を射ると、そのまま桟橋まで一直線に走り抜ける――――弓構えをしたまま桟橋で立ち止まり、中央付近で弓を引き分け、会へと入る。浮かぶ的に瞬時に狙いを定めた。


 バッシュン――――パァン!


「海蛇をなめんなよ~ふじわらぁ!!」


 そのまま背を低く、リズミカルに橋を踏みこむ音を鳴らし、桟橋を駆け抜ける。

 やがて橋を抜け、2名の射手は北条を目掛けて的確な矢を射る。


―――バシュ――バシュン!


「あめぇ!! あめぇんだよぉぉ!!」


 体をねじり、2本の矢をスレスレで避けつつ前進。北条は矢筒から矢を1本取り出すと、左側の射手に至近距離で1射。的中。

そのまま体を反転しつつ矢を取り出し、振りかぶると同時に弓につがえ、立ち止まり大きく弓構え。

 引き分け――――会―――離れ。


―――バッシュン――――パァン!


 貫き霧となる射手を横目に、全力疾走。


「ハーハッハッハ! ハァ〜ハッハッ!」


 北条は弓を担ぎ、腰に手をあて高らかに笑い声をあげた。さすがは海蛇の北条。最高得点だ。


 ***


「ポッポッポ、なかなか速いタイムですね。先程の選手と大きく差をつけましたね」

「そうですね。さすがだと思います」


 ふと左側に顔をむけると、そこには左手の親指を咥え眼鏡をカタカタさせる安大寺高校の先生の姿があった。


(やはり不思議な先生だが……この人はおそらく)


 その左手小指にもマメが潰れたような跡がある。どういった理由だか分からないが、ひとまず次の競技を見るため、俺はモニターを注視した。

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