第124話 「選考会・男子の部」

 競技スタートと同時に走り出したのは、光陽高校の男子「斉藤 弓雄さいとう ゆみお」だ。背中の矢筒から矢を2本取り出し、1本を弓につがえた。もう1本は小指と薬指で矢の先端を握り持ち、『取矢とりや』と呼ばれる持ち方をする。


 さすがは光陽高校のエース、動きに無駄もないし。浮遊する的の位置を確認しながら―――引分け―――会。大きくそり返る和弓、矢勢のある矢を射る。


 バシュン―――――パァン。


 すぐさま2本目をつがえ、弓構えの姿勢のまま走り抜ける。2つ目の的から20メートルほどの距離、身体能力も申し分ない。


 「フッ。セカンド………ピニオン―――」


 ―――――バシュン―――――パァン!!


 2中。リロード時間となり、そこから最短距離で次の的をめがけ、青い髪をキラキラとさせながら走り抜ける。

 この選考会では選手の声が聞こえるものの……やはり痛い男だと思う。


 バッシュン―――――パァン―――。


 矢をつがえ、弓構えの姿勢で桟橋を駆け抜けていく。

 海面に映る自分の姿に惚れたあと、その和弓は反り返った。


「フ。俺は、美しい………」


 バッシュン―――――。


 ***


「やっぱり上手いな……最後まで無駄のない射だったし、点数も60点か」

「ポッポッポ。さすがはインターハイ常連校の選手ですね」


 斉藤弓雄は4人目の選手だったので、次は5人目の選手となる。今のところ最得点は斉藤のみ。次は熱血高校の選手、「郷田 熱士ごうだ あつし」か。

 モニターを注視していると、熱いかけ声と共に的を貫いていく。そしてその足の速さは、おそらく選考会で一番だろうと思うスピードだ。


《おぉおお!! ファイヤあぁー》

《はぁぁプロミネンスゥゥーーー!》


(正面打起しなのに、その脚力でタイムスコアを稼いでいるのか……)


 やがて、郷田熱士がゴールすると、弓を空に掲げて熱く吠えた。

 得点は60点だし、そのタイムスコアは同得点の斉藤弓雄とほとんど差はない。


「あの……あの……」

「はい?」


 安大寺高校の先生が声をかけてきたので、そちらを振り向いた。なんだかえらい興奮しているようだ。眼鏡を小刻みにカタカタさせている。


「凄いですねぇ……ですねぇ~」

「そ、そうですね。俺もそう思います」


 その仕草は少し不気味にも思えたが、ふたたびモニターを注視した。

 次は二ノ宮高校の選手、「徳川 響とくがわ ひびき」もはやモニターに映し出された瞬間から、回転し舞を踊っている。


(腕はあるが、やはり理解出来ない動きだ……)


 チラっと武田が座るほうに視線を向けると、真剣にモニターを眺めているようだ。


(そうだよな。大事な部員だもんな)


 俺はふたたびモニターを注視すると、その競技を見届けた。


《ソイヤ! ソイヤ! あぁ〜〜ソイ!!》


 ***


 男子の部が終わり、小休憩となった。俺は資料にメモを書き終えると、少しリラックスした姿勢をとる。

 全競技が終了するまでは、トイレ以外で部屋から出る事はひかえてほしい、とのことだからだ。

 山王さんはトイレだろうか、席を立つと申し訳なさそうに部屋の外へと出ていった。


「あのぉ~……」

「はい?」

「真弓高校さんの先生は、弓道の経験者ですかぁ?」

「そうです。昔は弓道部でしたから、経験者ですね」


 眼鏡が少し雲っていて、垂れた黒い前髪でその表情は分からないが、その言葉に違和感を感じた。ふと、この先生の左手を見てみると、親指の皮がめくれたような痕がある。


「次は、私の学校の選手が1番手なんですぅ。良かったら、見てぇもらえませんか? 転入生なんですぅ〜」

「転入生? なるほど、どうりで選抜大会に出場していなかったわけですね」

「そうなんですぅ、お願いしますぅ」


 ペコペコと頭を下げるので、俺も頭を下げ、丁寧に返事を返した。


(不思議な先生だな。なぜ俺にそんな事をわざわざ聞くのか?)


 すると山王さんが帰ってきたようで、隣の椅子に座るなり、女性の先生はモニターへと向きなおった。

 顧問の先生方が揃ったところで、女子の部を開始する。

 

(さて。安大寺高校の選手はどんな射をするのか)

 

 モニターに映し出された、ブロンズ髪の選手。

 あざとい女神も登場し、信号機が左から順に点灯していく。同時に、このキャラクターは右手に矢を持ち、珍味なセクシーポーズを決めた。


《れいでぃ〜〜・ごぉー!!》


 選考会女子の部、競技開始だ。

 



 

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