第122話

 もうすぐ招集時間となるので、俺はブースから出たあと、アリーナの招集場所へと向かっていた。さすがに選考会にはテレビ局も来ることはない。

 今回の選考方法は得点制なのだが、その様子を観ることが出来るのは、顧問と選考員のみ。他の選手の射や得点に影響される場合もあるからだろう、選考会に参加する選手と介添えは、競技開始の直前まで同室での待機となる。

 前を歩く複数の部員達の様子を眺めながらも、俺の隣を歩いているのは銀髪と茶髪のこいつらだ。


「やっぱり、北条や上杉も来てるんだな」

「フン……北条もいれて2人だが、選考会に残る可能性は十分あると思っている」

「おうよ。俺のところは男女あわせて今回3人参加するぜ! 葵のところは1人だけなんだろ?」

「ああ。ウチは最近、斜面打起しに流派を統一したからな。でも介添えの子達には、いい経験になるだろうと思う」

 

 ワイワイと騒ぐ選手達を眺めながら、その姿はとても楽しそうだ。以前はライバルとして戦っていた選手達だが、県の代表選手となり、共に弓を握るかもしれない。そう思うと、なんだか嬉しくなる。


「なぁ。もし俺らの教え子達で、チームを組むようになったらどうよぉ?」

「フン……悪くないかもしれん」

「もしもか……そうだな、絶対楽しいと思う」


 すると突然2人は立ち止まるので、俺は何事かと後ろを振り向いた。おっさん共は驚いたような表情をしているのだが、どうしたんだろうか?


「なにやってんだ? 行かねぇのか?」


 すると本城は楽しそうに笑いはじめ、武田は腕を組み、呆れたようにため息を吐いた。


「クッハッハ! そうだよなぁ、絶対楽しいよなぁ!! 言うじゃねぇか!」

「フン。前から思っていたが、その歳でその髪型は見苦しい」


 その言葉にはどこか懐かしさを感じて、思わず俺も笑ってしまった。でも、悪い気はしないんだよな。もしかすると、2人はなにか勘づいているのかもしれない。


「武田が言うか? おっさんが銀髪なのもどうかと思うぞ」

「……フン、まぁいい。行くぞ、老犬の本城」

「おいこら、俺は老いてねぇ!」


 ふたたびアリーナの廊下を歩きつつ、袴姿で前を歩く、選手達の言葉に耳を傾ける。それは―――。

 楽しそうな藤原、北条と上杉。


「私は大蛇だいじゃなのだ! それは私のほうが高得点であろう?」

「おめぇは何歳だ? ふじわらぁ〜まずはお前から葬ってやろう!」

「やだな~。得点制なのに、戦えるわけないじゃん! 禿鷹コンドルのが強いです!」

「おめぇはハゲタカだろぉ? 緑のはげたかぁ、ハーッハッハ!」

「なっ!? そうですか。海蛇うみへびなんかより私のほうが強いです、絶対勝ちます!」

「クックック。私が1位で勝つのだぁ!!」


 和弓を持って歩く、矢野と筒野。光陽高校の介添えだろうか、その2人の様子を見ながら、隣で静かに笑っているようだ。


「琴音ちゃんは選考会に出場しないの?」

「出場しない。最近斜面になったばかりだし……あとその呼び方はやめて」

「ふぅ~ん、まぁ私も介添えだけどね。琴音ちゃん」

「筒野……わざと呼んでるでしょ? 相変わらず性格悪いのね、だから彼氏出来ないんじゃない?」

「は? 矢野こそ彼氏いないでしょ。……いるの?」

「さぁ?」

「2人とも可愛いのにね。ウチは彼氏いるよ?」

「うそ……よし琴音ちゃん、これは戦いよ!」

「あっそ。じゃあ頑張って」


 矢筒とかけを持つ榊原と。手ぶらで歩く斉藤と松岡。


「へぇ~松岡さんも選考会に出るんですね」

「まぁな。俺よか斉藤ちゃんのが上手いけどな、この選考会は記念みたいなもん」

「フ。心の友がいるからこそ俺は戦える。ところで、後藤先生様は元気ですか?」

「はぁ? 斉藤さんイケメンなのに、おっさんに様って……なんか変わった性格!」

「後藤先生様をおっさん呼ばわり!? まさか君は……恋人!?」

「おいおい斉藤ちゃん、それはさすがにないっしょ! 金髪だぞ?」

「うわぁ〜。デリカシーなくねぇ!?」


 俺はそんな光景を眺めながも、ある一部分だけ珍味な会話がする方向へと視線を向けた。

 坊主頭の選手は二ノ宮高校の徳川だが、なぜかクルクルと回転しながらその舞だ。

 あとは……赤髪の短髪は熱血高校の選手だったか。インターハイに出場経験はなかったはずだから推薦だろうけど、しかし熱そうな男だ。

 あともう一人、結んだ髪は暗めなブロンドの少女、この子は知らないな。しかもなんか……。


「ソイソイ!! はぁ~ソイソイ!」

「おおおおお!! 燃えてきたぁぁ!! ファイヤー!!」

「ヘイ! ワタシもなんか燃えてきたネ!」


 よくわからないが、あまり深く考えるのはよそう。選手の腕は確認出来るんだ、にしても。


(選考会だというのに、騒がしいくらい賑やかだな……でもまぁ、別にいいか)


 ガヤガヤとした雰囲気に、俺は懐かしさを感じていた。受験の関係で国体選手になる事を諦めた俺だが、なりたいと思っていた時期はあったからだ。

 昔の同期がここにいて、今ですら共に歩み、進んでいく弓の道。ただ、もう自分が現役選手として弓を引く事はないだろう。

 それでも、自分が悩み学んだ弓の技術は、次の世代が継承し、形を変え弓を振るう弓術となる。凛とした武道としての弓道ではなく、変革した武芸となった弓道FPSでだ。でも正直、これは古い考え方かもしれない。

 今の時代を駆け抜けるこの選手達にとっては、その頂点を目指したいと思う気持ちがあるからこそ、ここに集っている。それは、真っ直ぐに今の弓道が好きだから、そう思う。

 結果はどうなるかは、やってみなければわかない。でも、どんな結果になろうとも―――。


「なぁ葵。最近なんかいい事あったか?」

「あったかな。まぁ、それはまたそのうち言うよ」

「クッハッハ、いいねぇ。また前みたいに飲みにでも行こうぜぇ!! なぁ武田?」

「フン……仕方ない。まぁたまには付き合ってやろう」

「あぁそうかい。それよか、もうすぐ着くぞ」

「………フン」

「続きは選考会が終わったあとだなぁ!!」


 相変わらず、晃はおっさんになってもこの調子か。遊び人だった武田なんかは、前よりか丸くなって、最近は変な喋り方もしなくなったけど。

 それでもなんでか、みんな教師となり、弓道部の顧問としてここにいる。結局おっさんになっても、みんな弓道が好きって事なんだよな。

 まぁひとまず、弓道FPS盃の選考会に集中しよう。泣くか笑うか、結果はあとからついてくるさ。

 

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