弓道FPS盃、選考会

第121話

 吹く風が冷たい、10月の上旬。周囲にある山々の景観はまだ紅葉していないようだ。

 それに天気は小雨、そのせいか気温も低めのように思う。


 そんな気候の中、俺は県で実施される弓道FPS盃の選考会場へと来ていた。場所は、高校弓道選抜大会が開催されたアリーナだ。会場近辺では選考会に出場する選手達、顧問の人達が会場へとむかって傘をさし、歩いていた。

 俺の隣を歩くのは藤原。その後ろに、弓具を持った榊原と矢野が歩いている。そして、いつものように揉めているようだ。


「ちょっと、ちゃんと傘を持ちなさいよ。藤原先輩の弓が濡れるでしょ?」

「うるさいな~、ちゃんと持ってるって。それにビニールで包んでるじゃん。そんなに神経質だと、そのうちハゲるんじゃね? あ、そっか。コケシってテカテカだったな!」

「はあぁぁぁ!? あんたみたいに金髪にしてるほうがハゲるでしょ!! ちゃんとケアしてるの? そのうち毛虫みたいになるわよ」

「んだとぉぉぉ!! この糞コケシおんながぁぁぁ!!」

「この黄金毛虫おんながぁぁぁぁ!!」


(はぁ……介添えとして連れてきたけど、失敗だったか?)


介添えかいぞえ】付き人の事である。


「クックック、まぁ多少は大丈夫だ。私も真弓高校の代表としていくんだ、やはり介添えも強くなくてはな!!」


(介添えが強いって、なんだよ……まぁいいか)


 結局、俺は髪をいつものように縛っている。鴨川に励まされたとはいえ、そうすぐに気持ちが変わるものでもない。長年縛っていたせいか、逆にこっちのほうが落ち着くのも理由だが。


「なぁ藤原、もちろん代表選手を目指すんだろ?」

「ん? まぁそうだが……」


 藤原は俺の顔をジロジロと見始めた。別に変な事を聞いたつもりはないが、顔を見たあと、ニヤニヤしながらこんな事を言い始めた。


「もしかしてだが、後藤先生は私に惚れているのかか? クックック!!」

「なんでそうなる………」

「言ってみただけだ。参加するのだ、当然であろう? イヤらしいのは顔だけにしてくれないか?」

「まったく意味がわからん」


 俺はアリーナを進み、屋根がある場所で藤原達に待っててもらい、受付へとむかう。その窓口の横には、あざとい女神のポスター。やはり珍妙である。


「すいません、真弓高校です」

「あ、は〜い。こちらへサインをお願いします。ブース番号は3番です。選考の開始時には、道具を持って招集場所へと集まってください」

「はい、分かりました」


 受付を済ませ、藤原達へと戻ったならば、やはりその光景も珍妙であった。


「………なにしてんの?」

「女神ふじわらだ!」


 榊原はスマホを持ち、楽しそうに藤原の写真撮影。矢野は面倒くさそうな表情で道具を持っていた。

 俺も正直面倒くさいので、ブースの番号を知らせ、その場所へとむかうべく声をかけた。


「ブースの番号は3番だ。ほらいくぞ」

「クックック、わかった! どうだ舞?」

「いい感じ! 映えてるぜ!!」


 そういって2人は、浮かれた様子でアリーナの建物内へと入っていく。

 俺も2人を追いかけるように、アリーナ内へと歩き出す。


(ったく。周りの選手に迷惑をかけなきゃいいけどな)


「後藤先生」

 

 矢野の声に、俺は振り向いた。


「ん、なんだ? 道具が待ちきれないか?」

「タバコ、吸いにいかないの?」

「……ああ。雨降ってるしな、また後でいい」

「ふ〜ん。そう」


 矢野は不思議そうな表情でそう言うと、アリーナ内へと歩き始めた。


(雨を理由にしたけど、以前ほど吸わなくても大丈夫になったんだよな。しかし、よく気がついたな)


 *


 一階にある個室のブースへと行くと、室内は手狭だが、ちょっとした控室のような場所だ。椅子や机などが数脚あり、小さな弓立てと矢立箱も置いてある。


 藤原は壁にある、弓を固定する専用の板を使い、和弓の上部を固定。弓に弦を張り、ストレッチをし始める。

 矢野は矢筒から矢を取り出し、矢立箱へ。榊原は体操のサポートをするため、机の上に道具を準備する。


「藤原先輩、ゴム弓だけでいいんだよな?」

「あぁそうだとも、琴音は弓を頼んだ」

「わかりました」


【ゴムきゅう】樹脂の棒にゴムチューブがくっついた、簡易的な弓のようなもの。様々なタイプがある。


 今回使うのは樹脂の棒に、オレンジ色のゴムチューブが輪っか状になり、棒の上側についているもの。握る部分の下側は、ヒモのついた丸い重りがぶら下がっている。簡単に言えば、ストレッチ用の弓だ。


「舞、次は反対向きでたのんだぞ!」

「よっしゃあぁ!」


 藤原はゴム弓のチューブの部分だけを持ち、背中にまわして背筋を開いたりしている。榊原はサポートするように、ストレッチの補佐のような役割だ。

 本来ならゴム弓とは、左手で握りを持ち、チューブを弦にみたて使うのだが、藤原が好んでこのような使い方をしている。つまり弓道で使う筋肉部分を温めているのだ。


「……やっぱり重い」


 矢野は弦の張った弓を重そうに素引きしたあと、弦の高さを測り、調整している。

 これは弓が持つ特性で、弦を張ったあとにも弓はしなり、弦が変化することから、強引に弓を反り返らせているのだ。弓の個体値はあるが、雨で湿気が多いとなると、弦の高さは要確認だ。

 弦を張り、しばらくしたあとに高さを測るのがベストだと思っているが、あまり時間がない時なんかはこういった方法もある。


「招集時間まであと1時間くらいか」


 俺は腕時計で時間を確認したのち、招集開始まで、選考会の冊子でも読んでおこうと思ったのだが。


「のどが渇いた! 勝つためににも、炭酸ジュースが飲みたくなったのだ!」

「あ、あたしホットのカフェオレ〜」


 と、やはりこうなった……相変わらずだが。最近はもう慣れてきてしまった自分が恐ろしく思ってしまう。


「はぁ……矢野はなに飲むんだ?」

「あったかいお茶」


(ったく。ついでにチャージでもするかな)


 俺は傘を手に持つと、自動販売機がある場所へと向かったのだった。



 







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