第118話

 

 高校の卒業式を間近に控えた日まで、時をさかのぼる。


 ***


《氷室絢宅》


 3月の上旬、陽も沈んだ夕方頃。桃山高校の弓道部員達が、卒業式パーティーを氷室絢宅でやっている最中である。

 卒業式を数日後に控えながらも、男子団体がインターハイを優勝し、個人で入賞した男子と女子もいる事から、そのパーティは大いに盛り上がっていた。

 

 綺麗に清掃されている広い和室には大きなテーブルが2つ。それぞれ男子が囲う机と、女子が囲う机に別れている。

 

「クッハッハ! あおいぃ、食わねぇなら俺が食うぞぉ〜」

「うるせえぇな~。食えるなら食ってみろやぁぁぁ!!」


 本城晃と鍋に入った具を奪い合っているのは、後藤葵。肩くらいまである黒髪を縛っておらず、他の部員も皆黒髪である。

 2人して揉めている最中、女子のテーブルには武田智がいて、鴨川恵見を口説いている。


「なぁ~~めぐちゃ〜ん。俺と付き合おうぜ? なぁ?」

「あはは、ありがとう。でもわたしには、もったいないと思うよ? 武田くんはモテるし」

「またそんな事言って〜〜逃げるなよ~~」


 そんな武田の様子を不快に思う日高夏希は、どこからか持ってきた紙ハリセンを手に持ち、その頭をバシンッとはたいた。


「いってぇ!? 夏希!! なにすんだ!!」

「あんたさっきからうるさいのよ、女たらしとめぐちゃんが釣り合うわけないでしょ!! バカじゃないの!?」

「いでッ!! おい、なんども叩くなよ!!」


 そのように騒がしいパーティの中、女子のテーブルには1人で鍋をつつく渡邊このみ。少女は小皿にとった蟹を食べながら、こう思っていた。


(武田くんに、ふりむいてほしいな……もっと可愛くなったら、話してくれるかな? 自信持って声かけれるかな……)


「くひひ♡」


 誰にも聞こえないほどの小さい声でそうぼやくと、武田の姿をチラチラ見ながら、蟹の殻をかじり始めた。


 すると部屋の扉が開き、太ももほどまである長い黒髪を結んだ氷室絢が入ってくる。騒ぐ生徒達を見たのち、パンっと手を叩く。


「はいはい、第1便の送迎から帰ってきたぞ〜。第2便は誰がいくんだ〜?」


 ニコニコと笑うその姿に、生徒達の視線が氷室絢へと集まる。夕方を過ぎた頃のため、氷室絢が車で生徒達を送迎しているのだ。

 すると本城と鍋をつつきあっていた後藤葵が、こんな事を言い始めた。


「氷室先生、停まっていっていいですか? 俺、明日先生の弓道場で引き納めしたいんです!」

「クッハッハ! おいおい、女の人の家に停まんのかよ? キモいぜ葵ぃ!」

「はぁ? 何考えてんだおまえ、だから彼女出来ねぇんじゃねえのか?」

「あぁ? おめぇこそ彼女いねぇだろぉぉ!!」


 そんな2人の様子に鴨川はチラっと視線をむけたあと、そこから立ち上がり荷物を準備し始めた。

 日高は再びハリセンで武田の頭を叩き「帰るよ〜」と渡邊を誘う。

 

 氷室絢は内心、男だから1日くらい風呂に入らなくても大丈夫だろうと考えていたため、停まりに関しては否定する気もなかった。弓道に対する後藤葵の熱心さは、理解しているのだ。


「まぁいいだろ。そのかわり、後片付けはやるんだぞ。かけは持っているな? 弓は貸してやる」

「よっしゃぁ! 絶対皆中して終わるぜぇ!」


 そんな後藤の言葉に、みながせいぜい頑張って、そう思っていただろう。


「ほんじゃね後藤。せいぜい頑張って」

「フン……」


 荷物をまとめた日高と武田は、部屋から出ていく。その後を追うように渡邊が、そして本城も出ていく。


(武田くんと……一緒だ………)

「じゃあな、あおぃ。また卒業式でな!!」


 そして最後に、鴨川が出ていく間際、後藤葵に声をかけた。


「後藤くん、本当に弓道が好きなんだね」

「まぁな〜。明日も休みだし、別にやる事ないしな。だったら弓引いてたほうが楽しいだろ?」

「そっか、後藤くんらしいかな。じゃあ、またね~」

「またな〜」


 氷室絢も部屋から出ていくと、後藤葵は再び鍋をつつき始めた。


 *


 しばらくして、鍋を食べ終えた後藤葵はせっせと片付けをしていた。部屋の扉が開き、そこに氷室絢が戻って来る。


「おい後藤、いまから銭湯いくぞ」

「え? 俺別に1日くらい大丈夫ですよ?」

「事情がかわったんだよ。いいからいくぞ」

「あ、はい」


 キョトンとしていた後藤だったが、氷室絢と一緒に外の駐車場へとむかった。

 廊下を通って玄関まで行くと、氷室絢は鍵を閉めた。後藤葵は白いバンの後部座席を開けると、意外な人物が乗っていたことに驚く。


「あれ? なんで鴨川がいんの?」

「わたしも、引き納めしたくて。かけもあるし!」

「そうか。あ、じゃあ俺と戦うか!?」

「ふふふ、いいよ別に?」


 氷室絢は車に乗るとエンジンをかけ、ヘッドライトを点灯させる。そして少し離れた銭湯まで、車を走らせた。

 氷室絢は内心こう思っていた。あいかわらず世話が焼ける子たちだな、と。

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