第117話

 休日の早朝、俺は鴨川を迎えに行くため、駅の改札口付近まで来ていた。まだ朝が早いせいか、人は少なくガラガラだ。 

 天気は晴れなのだが、周囲はまだ薄暗く、少し肌寒い風が通り抜けている。

 

(お、きたな)


 新幹線の改札口から鴨川が歩いてきた。肩くらいまである綺麗な黒髪に、白く上品なワンピース姿。ブラウンのカーディガンを羽織っている。

 肩にはバックを掛けているのだが、以前京都で会った時にまして、綺麗である。


(ホント、女神みたいな雰囲気だな)


「後藤くんおはよう。今日はありがとう、急な話なのに、ごめんなさい」

「別にいいよ。それにしても……相変わらずの綺麗さだな。昔と変わらないな」

「ふふふ、ありがとう。それじゃあ………」

「………ああ、いこうか。車はすぐそこに停めてあるから」


 本来ならこの鴨川の笑顔に心癒されるのかもしれないが、今はそんな気になれない。これからあの忌まわしい事件があった場所へと行こうというのだから。

 突然の話だからか、やはり気持ちの整理はついていない。といっても、突然でなければ行こうとも思わなかったけどな。


 鴨川と肩を並べて歩いていると、チラチラと通行人から視線を感じる。


(やっぱり鴨川はすげーな)


「ねえ、後藤くん」

「ん? なんだ?」

「朝ごはん食べない?」


 鴨川からの提案に、一瞬コンビニで済まそうかと思ったのだが……わざわざこっちまで来てコンビニとは申し訳ないしな。


「そうだな。ただ早朝だし、喫茶店くらいしかやってないかもだけど。あとはパン屋さんか?」

「パン屋さんがいいかな〜。でも特にこだわりはないから、なんでもいいよ!」

「じゃあこっちだな―――」


 駅前にあったパン屋で朝食を買ったあと、そのまま車へと向かう。

 鴨川が助手席へと座ると、俺はエンジンをかけ、目的の場所へと車を走らせた―――。


 *


 駅から出発し、幹線道路を走ってゆく。窓から外の景色を観ていた鴨川が、懐かしそうに口を開いた。


「なつかしいな~、この道路。少しお店が増えたね」

「鴨川は京都の大学に進学してから、ずっとそっちに居たのか?」

「うん。たまに正月は帰省するけど、それくらいかな」

「そっか……なぁ。もうあの場所の事、知ってるよな?」

「うん、知ってる。聞いたから」


 今むかっている場所は昔、氷室絢先生の家があった場所だ。廃校になった桃山高校があった場所とは遠く離れた場所にある。

 山の中にあって、古民家のような建物だったのは覚えている。

 そして古びた弓道場がそこにあった事も。今ではもう、無人の廃棄になっている事も。


 しばらくそこからは互いに黙り込んだ。

 幹線道路を抜け、やがて寂れた田舎道へと入っていく。


「みえたぞ――――」

「―――うん」


 そして――――たどりついた―――。


 雑草が生い茂る砂利の駐車場に車を停車させ、鴨川と一緒に車を降りる。そしてポケットから電子タバコを取り出すと、すぐに口に咥えた。


 鴨川のうしろ姿は、どこか淋しげな様子でその建物を眺めている。山々に囲われたその一画。外壁には植物のツタがまとわりつく、無惨にもボロボロになった家屋を。


 広々とした敷地内にある、朽ち果てた弓道場を。


「フウウゥー…………」


 これを見て思い出さないわけがない、なんでここにきたのか。鴨川の頼みだからか? 

 本当にそうなのだろうか。じゃあなんでここにきた? 

 なんだ………わけわかんねぇ。俺は………なにを期待しているのか。

 やはり吸っても吸っても思い出す。あの時の出来事を。


 すると鴨川は振り向いた。その表情は酷く、辛そうな――――え?

 鴨川のその表情はとても穏やかだった。なんで、なぜ笑える。怖くないのか?


 鴨川は美々しく微笑んでいる。


『後藤くん、あのね――――』


 その言葉に、俺は高校生時代を回顧したのだった―――。



 

 


 

 


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