第116話

 茂さんのいう政皇高校の所在地は関東地方。そのためスポーツ推薦制度が採用されたらしい。


「そもそもじゃ。出資の関係で弓道連盟が絡んでいたとはいえ、あくまで一般的な学校として、設立する計画じゃったからの。結果、弓道場が作れた事くらいじゃ」

「じゃあ……その、なんで危険なんですか?」

政皇せいおう高校がある県の運営管理には、東日本弓道連盟の社長が色濃く絡んでおる。これの意味が分かるかの?」


 これはつまり、弓道連盟の中で管理区域を分けて、それぞれを別に管理、運営しているといった意味だ。ざっくり分解すると管理エリアは大きく2つある。それが西日本弓道連盟と、東日本弓道連盟だ。


 弓道連盟の会長(役員)は藤原茂さんなのだが、実際に各エリアの弓道連盟を取り締まっている人はそれぞれの社長だ。東日本弓道連盟の社長と、西日本弓道連盟の社長。実際の管理はそれぞれが責任者となり、管理と運営を統括しているという意味だ。


「ワシの立場じゃと、アドバイスはしても、実際の決定権はあまりないからの。西日本弓道連盟の者達が賛成派じゃとしたら、東日本弓道連盟の者達は反対派じゃ」

「でも危険といっても……この前のインターハイでは、出場してませんでしたよね?」

「そうじゃ。それはじゃな―――」


 茂さんが危険視する理由。それは今年になり、新たに政皇高校の弓道部の顧問となった教師が大きく絡んでいるという。なぜ今年のインターハイに出場していなのか。それは現在いっさいの試合に出場せず,

ひたすら稽古をしているからだそうだ。それも、かなり無茶な練習だそうだ。


「まだ表向きには出ておらぬが、非常に危険じゃ。なにをしてくるか検討もつかぬ」

「危険ですか……あまりピンときませんが、頭にはいれときます」


 色々と考えてみるけど、俺には難しい話だった。茂さんが俺に伝えようとしている事はなんなのだろうか。

 ぬるくなった緑茶を飲んでいると、茂さんは険しい表情をやめ、まんじゅうを手にとった。


「ホッホッホ。つまらぬ年寄りの話に付き合わせてしまい、申し訳ないの。この話はやめじゃ」

「ははは、じゃあ僕も」


 机の上にあったまんじゅうを手に取り一口かじる。うん、やっぱり美味しい。茂さんもニコニコとしながらまんじゅうを食べ始めている。そこからは、他愛もない世間話をしつつ、その一時を過ごした―――。



 *



 その帰り道。誰もいない土手沿いにクルマを停めると、俺は煙草をくわえていた。結局、夕方前くらいまでお邪魔させてもらった。今日を振り返ってみると、あっという間の一日だったと思う。

 沈んでいく夕陽を眺めつつ、煙を吐いていく。 


「フウゥー………。すっかりお世話になっちまったな〜」


 それに藤原もひょっこり戻って来たかと思うと、いつも通りの雰囲気だった。もしやあの着物姿は、結局俺と競技をするための作戦だったのかもしれない。まぁ良かったと思っているけど。

 ふとそこに、茂さんの言葉が脳裏をよぎった。


「愚劣な弓か……なんか、予想できちゃうんだよな……ホント」


《ピピピピピ♪ ピピピピピ♪》


 スマホが鳴ったので、ポケットから取り出しその画面を見るなり驚いた。


(なんつータイミングだよ………)


 煙草の吸い殻を携帯灰皿へ捨てると、画面をスワイプし耳にあてがう。


「珍しいな、急にどうしたんだ?」

『あ、急にゴメンなさい。ちょっと、この前の後藤くんを見てて気になったから。いま、だいじょうぶ?』

「ああ。別に大丈夫だよ」

『そっか。あのね………まだ、引きずっているのかなって。ほら、あの時のこと』

「…………いや、別に引きずってないよ」


(あの時のこと……あの時か……)


『そっか。だったら都合がいいときに、一緒にあの場所にいかない? わたし―――』

「―――ああ、わかった。いつがいい? そっちの予定に合わせるよ」

『わたしもお店の都合があるから、また連絡してもいい?』

「それは大丈夫だよ。また連絡してくれ」

『うん、わかった。……じゃあまたね!』

「ああ。またな!」


 俺は電話をきると、もう一度煙草を取り出し、カートリッジに装填した。

 紅く染まる川を眺めながら、脳裏によぎるのは思い出したくもない過去。


(引きずってないわけないだろ………お前もそうなんだろ? 鴨川。だから連絡してきたんだろ?)


 なあ そうなんだろ?


 体内に煙を補充していく。煙草を咥えれば―――紛れていた気持ち。

 不思議と弓を握っていても、心の制御ができていた。弓の使い手になれたんだ。

 ただ終着点は酷く醜い、それが真実なんだけどな。

 誰にも言えるわけがない、言えるはずがない。


 あの子達と出会ってから、もう一度弓を好きになれてると思っていた。

 でも忘れる事は無理だった。振り払えない過去、あらがえない想い。

 

 。それが、弓の使い手なんだよ。

 

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