第115話
桃山高校。俺の高校時代に通っていた学校の名であり、弓道部として活動した母校の名である。山の中に設立されていた事もあり、当時はさほど生徒も多くはなかった。
ただ、通う高校として家が近かった事もあり、それを理由に入学。中学時代は特に部活をやっていなかった俺は、部活動見学で弓道に魅せられ、入部を決意。顧問は氷室絢先生だった。
そこから弓道部員として活動。だが……俺が大学に入学後、突然廃校となる連絡を本城から知らされたのだ。
そこから生徒の新規募集はせず、やがて廃校となった。
茂さんの雰囲気は、少し真剣なものとなる。
「後藤殿が教師として、真弓高校で弓道部の顧問になったと孫から聞いたとき、ワシは大変驚いた。偶然にせよ、大変運が良かったわい」
(運がいいか……俺は教師への就任当時に校長から運がないと言われたが……どうなんだろうな)
「そもそもじゃ。弓道FPSという競技が確立する以前、日本弓道連盟が新しい高校の設立にたずさわっておった高校は、3校あるのじゃ」
「もしかして……そのうちの1校が、桃山高校なのでしょうか?」
「そうじゃ。そしてその2校目が、真弓高校じゃよ。ホッホッホ」
茂さんは、笑いながら緑茶を手にとり、ズズっと飲んだ。
「………もしそうでしたら、昔に桃山高校が廃校になった理由も、ご存知なのでしょうか?」
「後藤殿が通っていた高校のことじゃな? それは単純に、校舎が老朽化していた事による、建て替えが理由じゃよ。もっとも―――建て替えではなく、廃校という建前となり、移設する事になったんじゃがの」
その言葉に俺は思いたあたる事があった。それはおそらく、俺が高校3年生の時、卒業式前に起きた事件の事だ。
なるべく思い出したくない、あの醜い記憶。
俺は茂さんから目をそらし、目の前に置かれている湯呑みを眺めた。
「ホッホッホ。理由はわからぬが、まだ話には続きがある。顔をあげなされ」
「あ……はい」
その言葉に茂さんのほうをむくと、ニコニコと笑っていた。なんだか少しだけ、その表情に心持ちが軽くなった気がする。
俺は湯呑みを手にとると、軽く緑茶を飲んだ。
「弓道連盟がたずさわる高校なのじゃから、ワシは弓道にちなんだ高校名にしたかったのじゃ。その理由はの」
単純に、弓道が好きだからそうだ。
さすがに会長となる立場になると、多少のワガママを押し通せるためか、そうしたらしい。
(確かに表向きだけなら、そういった融通をきかせても、問題はなさそうだけど……)
「つまり桃山高校に関しては、弓道連盟がその運営権を買い取ったって事ですか?」
「簡単に言えばそうじゃ、実際の仕組みは違うがの。ワシの個人的希望で、氷室絢殿にも声をかけたら、快く承諾してもらったしの」
「氷室先生がですか……それじゃあ、廃校になった直後から、県外に移動されてたんですね?」
「それはワシの口からは言えぬ。プライバシーじゃからの、ホッホッホ」
(そうか…。まぁでも、九州地方は弓道が盛んだ、学校の移設先になんら違和感もない。氷室先生も転勤となれば、色々とメリットもあったんだろう)
茂さんは緑茶を飲み干したのか、家政婦さんを呼ぶと、俺の分も含め、おかわりを頼んだ。
「そうですか……でも、僕が考えていた理由より、思ったよりシンプルな理由でした」
「そうじゃの。世の中とは、案外単純なもんじゃよ。なかなか思ったようには進まないがの〜」
真弓高校を設立したものの、柄が悪くなってしまった事を言っているのだろうか?
もしかしたら、藤原が真弓高校を選んだ理由は、お爺さんの気持ちに応えたいと思う、そんな気持ちがあったのかもしれないな。
「お待たせしました。新しい緑茶でございます」
「すいません、ありがとうございます」
家政婦さんが新しいお茶を持ってきてくれたので、飲み干した湯呑みと交換してもらう。一礼をしたのち、静かに部屋から出ていった。
俺は湯気のたつ湯呑みを持った際、ふと疑問に思ったので、茂さんに聞いてみた。
「桃山高校と、真弓高校の由来は分かりました。ただ、3つ目の高校はなんて名前なんですか?」
その言葉に茂さんが目を閉じると、ゆっくりと緑茶をすする。コトリと机の上に湯呑みを置くと、今までで一番険しい表情となる。
そして静かに、こう語った。
「
弓道FPSを快く思わない派閥により設立されたとの事。
そして愚劣な弓を引く……高校の名だそうだ。
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