第110話

 あの後、渡邊から日高に連絡があり、駅で合流する事となる。

 駅へと着くなり、魂が抜けたように白くなっていた武田と、満足そうな渡邊が待っていたのだが、結局のところ、武田がこうなっている原因は不明である。


(なにがあったかは知らないが、渡邊は行動力のある女性になったものだ……ほんと、昔と全然違う)


 そこからは、再び京都駅近辺をフラフラとする。

 おもむろに、俺の隣を歩く日高が、こんな事を聞いてきた。


「そうそう。後藤の雰囲気、ちょっと変わったよね。昔はもっと、熱血野郎だと思ってたんだけど」

「なんだそれ……もう少しマシな言い方はないのか?」

「ホントの事じゃない。まぁでも、お人好しなとこは変わってないね〜」

「そうか? 俺は別に、お人好しのつもりはないけどな」

「はいはい。そういう事にしといてあげる!」


 日高は笑いながらそう言うと、甘味処をみつけたので、ここに入ろうと言い出した。後ろを歩いていた武田と渡邊に声をかけると、4人でお店へ入ってゆく。

 それぞれ店員さんにメニューを注文したのち、頼んだメニューが運ばれてくる。

 

 日高と渡邊はイチゴ味のかき氷を。俺と武田は苦い緑茶を頼んだ。


「フン……たまには苦い緑茶も悪くない」

「ああそうかい」


 ストローを咥えたまま、日高は今度の弓道FPS盃に出場する選手についてあれこれと語り始める。


 日高が顧問をする「鈴ヶ丘高校」は、インターハイの準決勝で敗退していて、来年の選手層について色々と悩んでいるようだ。

 実力のある3年が引っ張っていたチームなら尚更、新しい選手の育成に励むのが、当面のやる事であるからな。


 赤いかき氷をシャリシャリとさせながら、日高の話を聞いていた渡邊はぼやいた。


「ウチの学校の、豊丸とよまる商業なんだけど、今の3年が抜けたら結構きついんだよね。1年生にはそれなりに戦える子がいるんだけど。性格が捻くれてて扱い辛いんだよね〜なんかいつも使用人連れてるし……」


「そうなんだな。真弓高校にも使用人を連れた1年生がいるけど、まぁそれとなく上手くやれてるよ。矢取りとかもしてくれるしな。ある意味助かっているよ」


 珍しく渡邊が俺の方を向くなり、ちょっと教えてと聞いてきた。

 別に教える程の事でもないのだが、ひとまず当たり障りのないように言葉を選びつつ、それを説明していく。


 意外そうな表情をしつつ、フムフムと頷いている。どうやら、参考になったようだな。


「へぇ。さすが後藤ね、今度試してみる。それより〜タケルっぴ♪」

「俺はトイレに行ってくる…………」 


 銀髪男は逃げるように立ち上がると、小走りでトイレへと向かう。

 今度はちゃんとトイレのある方向に向かったようだが、それを追いかけるように渡邊も席を立ち、武田を追従する。


「幸せだよな、あいつら」

「あたしもそのうち、幸せになりたいな~。よし! ちょっと質問!!」


するとストローを咥えながら、はにかんだ表情で、日高はこういった。


「ねぇねぇ!! 葵くん。私と、このみっち、めぐちゃん。この3人の美女達なら、誰がタイプ?」

「ははは、自分で美女って言うか? そうだな~。——――かな?」


「へぇ、そうなんだ!」

「で、それがどうかしたか?」


「どうもしません!」

「なんだよそれ」


   ***


 解散した後、俺は下り方面の新幹線に乗り、その振動に揺られている。


 隣に座っている武田は、さっきからニヤニヤとしているのだが、正直言って気持ち悪いし不気味だ。

 どうせなら渡邊に呪われたままでも良かったのにと思いつつも、仕方なく帰路を共にしている。


「フン……たまには葵と晩飯を食べてやっても良いぞ」

「ああそうかい、俺は何も言ってないけど? どうせならダメ元で本城も誘ってみるか?」

「フン……面白いな、俺が電話してみよう。恥をかかせてやる」


(はぁ……いったい何に対して恥をかくんだよ………でも。昔と比べると、やっぱり武田は変わったな。ほんと―――)


 俺の隣には、今朝まで嫌な奴だった男が座っている。

 別に同情しているわけでもないし、好きになったわけでもない。


 ただ、武田のスマホに映っていた待ち受け画面を見て。

 少しだけ俺の気持ちは和んだのだ。


 なぜならその画面に映っていた待ち受けは。


―― 二ノ宮高校の弓道部員達との『集合写真』だったから ―――


 そこに映っていたある男は、恥ずかしくなるくらい。

 幸せそうな笑顔だったよ。

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