第109話

 あれから女神鴨川の導きにより、2階にある他の座敷席へと移動してきた。

 武田は俺の隣、向かい側の席には日高と渡邊が座っている。


〈カチャカチャ〉と食器の音が鳴る中、本題である練習試合の話をしているのだが……さっきから渡邊の視線が気になってしょうがない。


「フン……たまにはお前の隣も、悪くないな」

「そうかい……」


 その言葉に渡邊からギロりと睨まれる。ったく、武田がこうなった原因を作った元凶はおまえだろうに。

 俺は、パーカーの袖を掴んでいた武田の手を払い除けると、話を続けた。


「で、練習試合は弓道FPS盃の本戦の前って事でいいんだよな? ウチの部員は道具を変えたばかりだし、そこらなら試合になるかと思う」

「そうね~〜どうなるか分かんないけど、タイミングはそこでいんじゃない? このみっちも、そこが都合いんだよね?」

「うん。こっちの都合としては、その時期のほうが助かる。これから強化合宿だし、練習の成果を発揮するなら、大きな試合の前のほうがいいと思うからさ」


 渡邊は武田に視線を向けたまま、ムシャムシャとホットケーキを食べているのだが……武田は目を閉じて、俺と同じブラックコーヒーを飲んでいる。器用な奴だ。


 女遊びが好きな武田のはずだが、どうやら渡邊は天敵らしい。

 まぁ、あれほどの重い愛を受け止めれる奴は、特殊な訓練を受けてなければ、難しいだろうとは思う。


「そうそう、せっかく同期が集まる練習試合なんだし〜めぐちゃんにも参加してもらおうよ!」

「フン………鴨川にもか? あいつは顧問をやってないから、練習試合で戦う選手が居ないだろ?」


 武田は目を閉じたまま、日高の言葉に返事を返す。

 日高いわく「めぐちゃんが戦えばいい!」だそうだ。

 無理があるような気もするのだが、別にチーム編成は学校に縛らず、各校の混成チームで戦うという考え方もある。


 実際、他校同士で混成チームを組み、練習試合をする場面はわりとある。

 場合によっては、それがいい刺激となり、良い経験になる事もあるのだ。


「本城にはあたしから言っとくからさ、その方向でいこうよ!! なかなか出来ない経験だしね。部員同士で友情が芽生えるかも!!」

「フン……確かに面白いかもしれん。それでいこう」


 話がまとまったところで、俺はトイレに向かうため、席を立った。

 すると武田も立ち上がる。なんだ、見えてんのか?


(武田のやつ、よっぽど一人になりたくないんだな)


 俺は1階にあるトイレへと向かうのだが、なぜか武田はそのまま通り過ぎていき、レジにいた鴨川に声をかけた。


 特に気にする事もなく、俺は用を済ませる。

 トイレから出て来ると、そこにはもう武田の姿はなく、鴨川が立っていただけだった。


(なんだあいつ? 煙草でも吸いに行ったのか?)


 席に戻ると、そこには日高しかいなかったので、渡邊の事を訪ねてみるのだが……


「ん? さっき下に降りて行ったよ。先にお店出とくってさ。ま、ぼちぼちあたし達も行こっか! はいこれ伝票」

「ああ……」


 小さなバインダーには紙切れが2枚はさげてあり、日高はそれを俺に手渡した後、日先に階段を降りていく。

 俺は席に置いてあったバックを手に取る際、無造作に床へと転がっていた、電子タバコのカートリッジを見つける。


 武田の忘れ物じゃないか?

 それを拾うなり、俺は階段を下に降りていく。


(何がしたいんだあいつ)


 受付けに立っていた鴨川に声をかけ、精算をしてもらうのだが、そこで武田の分が支払われていない事を知り、俺は首を傾げた。

 とりあえず武田の分を立て替えとくなり、鴨川に俺を言っておく。


「ありがとう、少し長居させてもらったけど、久々に会えて楽しかったよ」

「ふふふ。私も皆と会う場を提供できて、嬉しいわ。あとこれ、後で登録しといてね?」

「ああ、分かった。登録しておく」


 鴨川から連絡先の書いてあるメモ用紙を受け取ると、ひとまずバックにしまう。

 鴨川から連絡先を渡されたのは意外だったが、まぁ同期だしそんなものだろう。


「後藤くんのその髪型、個性的だけど……私はカッコいいと思うよ?」

「ははは、お世辞にも嬉しいよ。鴨川も昔と変わらず綺麗なままだよ。じゃあまた、今日はありがとう」

「……うん、行ってらっしゃい!」


 去り際に、鴨川が微笑むと、嬉しい言葉をかけてもらう。

 自画自賛とは言え、お世辞にも評判の悪いこの髪型を褒めてもらい、少し照れくさい気持ちだ。


 その優しい性格は、相変わらずだと思う。少し和んだ気持ちのまま、俺はお店の外へと出た。

 ところで、外に出てもスマホをいじくる日高の姿しかないのだが……


「なぁ日高、武田と渡邊はどこに行ったんだ? もしかして帰ったのか?」

「知らないのよ。今このみっちに電話してみるから、ちょっと待ってて」


 武田の事だ、煙草を置いてどこかに行ったとは考えにくい。

 もしかして、鴨川とジャレてて、消されたりしてな。

 はは、なんかそんな気がする。


〈ピピピピ、ピピピピ♪〉俺のスマホが鳴ったので、ポケットから取り出し画面を見てみる、そこには「たらしマン」と表示されていた。

 画面をスワイプし、耳にあてがう。


『ハァ…ハァ……あ、あおいぃぃ!! 俺だ!! 今俺は水族館の——は!? うごぁ——!?』


〈ツー…ツー…ツー〉


「何やってんだよ……武田のやつ……はぁ、困ったものだな」


 俺は日高に電話の内容を伝えるなり、近くの水族館へといく事となる。

 その場所に行けば、おそらく武田と渡邊に会えるだろう。


 それにしても、もともと買い物をするとか言っていたのに、なんだかアイツらに振り回されているようで……俺はため息を吐くなり、日高と一緒に、歩き始めたのだった。



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