第108話

「えーっと、ここを曲がって〜あとはここを真っ直ぐね~」


(まさか京都駅近辺で、鴨川がお店を経営してるなんてな。驚いたものだ)


 京都駅を後にしてから、日高の案内によって、同期の働く喫茶店でモーニングをする事となった。


 路面電車が通る、京都の街並みを見渡しながら、その場所を目指している。

 大通りから細い路地裏へと入れば、昔ながらの時代劇のような景観が広がっていた。


 先頭の日高を追いかけるように歩いているのだが、その後ろには武田と渡邊。

 珍妙な会話が聞こえてくるのだが、俺は恐ろしくて振り向く事が出来ない。


「ほら〜〜さとるっピ、頬に食べかすがついてるよ〜〜私がとってあげる〜んー♡」

「ぐっ――おいこのみ! これで何回目だ!! だから何もついてねぇ、もういいだろ!!」

「ぐひひ♡ 私には見えるの。さとるっピの頬に……見えるのぉ~~♡」

「うわっ、ちょっと―――たすけ…おわっ!? あ、あおいぃぃぃぃぃ!!」


(何も聞こえない。何も聞こえてこない。そうだろ?俺?)


 銀髪男の悲鳴が飛び交う中、日高が案内するお店へと辿りつく。

 真新しい外観のそのお店の看板には。

〈喫茶―やづつ〉と書かれていた。


 このお店のオーナーは、女子の同期である「鴨川かもがわ恵見めぐみ」が経営している。


 日高いわく、鴨川は社会人が集う弓道団体で、今でも弓を引いているらしい。

 高校生の当時も、その容姿と弓の腕から、通り名は"女神の鴨川"と呼ばれていた。


 日高のあとに続いて、店の中へと入っていく。

 店内は明るく、広々としていて、ところどころ弓道をテーマにした小物が置いてある。

 褐色した木材の温かみもあって、和風な雰囲気だ。

 レジの横に立っていた鴨川と、日高は楽しそうに話しをしている。


 鴨川はオシャレな制服姿で、黒色のその髪は団子にしてくくっているが、修道女のような気品溢れるその雰囲気は相変わらずだった。


 当時は熱狂的な他校の男子生徒から、よくアタックされていた事をよく覚えている。

 さすがは女神と呼ばれていただけの事はある。今でも十分モテそうな容姿である。


「やっほー! めぐちゃん久しぶり〜〜相変わらず綺麗ね〜惚れちゃうじゃない!」

「ふふふ、お陰様でね。なっちゃんも元気そうでよかったわ。予約してた席なんだけど、"ちょっと手違いで"2部屋になったけど、隣り合わせよ?」

「あちゃ〜じゃあ、あたしと後藤で座ろう! ほら、いくよ~〜」


 そう言うと、日高はそそくさと、手狭なお店の階段を上がっていく。

 先程のやり取りには、計画的な何かを感じたのだが、詮索せずともその理由はよく分かる。


「………鴨川、久しぶりだな。なんだかんだ、元気そうだな。安心したよ」

「後藤くん………ふふふ。私は元気よ? 後藤くんこそ、元気そうで良かったわ。ほら、なっちゃんはもう上にあがったよ?」

「あぁ、今日は世話になる」


 俺は簡単に鴨川に挨拶をしたのち、その階段を上がっていく。

 2階に上がり、突き当りの部屋へと向かうと、靴を脱ぎ、座敷に腰掛けた。


 夏希はニヤニヤした表情で、俺の後ろに居た2人を見つめている。俺もそちらへと視線を向けたのだが……


(ああ〜なんか武田の奴、この世の最果てに辿り着いたような顔してたな。まぁ、愛されて終焉を迎えれるなら、それはそれでいいんじゃねぇのか?)


 隣の部屋との仕切りはあるものの、その声は筒抜けだ。そしてその部屋を背にして、俺は座っているのだが。


「おい! なんで机の向かいに座らないんだ。わざわざこっちに……ぐっ――ぎぃぃぃぃぃ!!!」

「さとるッピとの距離を阻むものは、1mmたりともないのよ………だ・か・ら♡」

「や……やめ―――!?」


(なんだ、何かを噛っているような音……噛る? 何を?)


 日高は気にしていない様子で、メニュー表を手に取ると、あれだこれだとブツブツと言い始めた。

 モーニングなのに、よくそんなに頼もうとするものだ。


「後藤は、なに頼むの?」

「ブラックコーヒーと、サンドイッチかな」

「んじゃ、呼び出しベル鳴らすね〜」


〈ピンポーン〉


 少しして、バイトらしき店員の女の子が、小さなバインダーを持って注文を聞きに来た。

 こっちのオーダーが終わり、そのついでに隣の席へと注文を聞きに行ったのだが。


〈―パサッ〉何かを落とす、音が鳴る。


「あ………あの………」


 こちらの席に戻って来るなり、その店員は青ざめた表情で目を見開いていた。

 俺は代わりに、武田の注文を適当に伝え、同時に日高も適当に渡邊の分を頼んだ。

 その店員は、落としたバインダーを拾う事なく、下の階へと降りていった。


「ちょっと後藤、あの子が落としたもの、拾って下に持って行ってあげなよ?」

「俺が拾うの? まぁいいけど」


 その時はあまり深く考えていなかった俺は、浅はかだったと反省している。

 なぜなら、その落ちたバインダーを拾った際、チラりと隣の席を見た時、痛感したからだ。


(見なかった事にするか)


 俺は階段を降りて、1階にいた鴨川に、拾ったバインダーを手渡した。


「あれ? 後藤くん、どうしてそんな表情をしているの?」

「つい先程、惨劇を見てな。注文した品は、鴨川が持って行ってやってくれないか?」

「別にいいけど?」


 あの惨劇に立ち向かえるのは、このお店の店員の中では、鴨川しかいないだろう。

 俺は『女神鴨川』に託すと、隣の席から目を背くようにして、再び席へと戻る。

 いささか『邪神渡邊』の力を甘く見ていたようだ、先ほどの武田の言葉が、脳裏をよぎる。


《万が一にも俺が召されたら、二ノ宮高校を頼んだ》


(さらばだ武田。お前の事は忘れない)


「なぁ日高、いつから渡邊は邪神の力を得たんだ?」

「ん? 何言ってんのあんた? ゲームし過ぎじゃない!?」



―――隣の席にて。


「ぐひひ♡」

「あ……あおいぃ…………」




 



 

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