第104話 斜面と正面の違い③
弓道場では〈パスパス〉と緑の芝生上に刺さる矢の音が鳴っていた。
『正面打起し』の流派で弓を引いていた3人は『斜面打起し』の練習をしている。
練習を始めてから、まだ数日といった頃だが、道場の射場内には、問題児達の苦言が飛び交っていた。
〈ーパスん〉
「おぉぉぉぉぉ! 当たらねぇぇぇぇ!」
〈ーパスッ〉
「うるさいわね……射が乱れたじゃない!! 静かにしてよ!!」
矢野や榊原が射る矢は、28メートル先に設置してある的まで届かず、射場と盛った土の間、矢道の芝生へと刺さっていく。
妹尾も苦戦しているようで、妖狐に身体を支えてもらいながら弓を引いている。
俺が支えてもいいのだが、姿勢を矯正するように胸や背中に振れるため、妖狐に頼んだのだ。
藤原も道場に来ては、斜面打起しの稽古に付き合ってくれている。
ただ、進路の事で色々やる事があるそうで、最近はちょくちょく部活を休んでいる。
といっても、本来なら3年生は引退していく時期ではある。
藤原の場合、弓道FPS盃の選考会に出る事を視野に入れているので、まだ引退する気はないとの事。
〈ーパスん〉
「ああ……難しいですわ。まるで初心者の頃に戻ったようですわ……」
「うーむ、人に教えるのは難しいのぉ〜お嬢や、もう一度じゃ!」
最近はこういった調子だ。
流派を変えるとはいえ、そうスイッチのように切り替わるものでもないので、時間はかかるだろうと思っている。
→ → → → → 【解説】
流派による弓の引き方の違いについて、専門用語を砕きながら説明する。
左手に弓を持ち、立っている床を水平として考え、それに対しての動作を少し専門的に説明していく。
―『正面打起し』の引き方――
①「弓構え→打起こす前の準備」
両腕で大きな丸いボールを抱えたような姿勢をする。
②「打起こし→弓を持ち上げる」
ボールを抱えたまま、弓を鉛直に持ち上げる。
③「手の内→弓の握り方を定める」
弓を押しながら左手を、真っ直ぐに伸ばしつつ、手の内をつくる。
④「引分け→弦を引くこと」
弓を押しつつ、弦を引っ張る。
といった流れになる。
これと比較するため、同じ基準で『斜面打起し』の手順を説明する。
―「斜面打起しの引き方」――
①「手の内→弓の握り方を定める」
弓を握る際、手の内をつくる。
②「弓構え→打起こす前の準備」
左手を伸ばす。
③「打起こし→弓を引く準備」
弓を持ち上げ、矢と体を並行にする。
④「引分け→弓を引くこと」
弓を押しつつ、弦を引っ張る。
このよう『斜面打起し』の場合『手の内』が一番始めにくる。
そして『正面打起し』と比べ、単純な動作となるのだ。
あれ? じゃあ簡単になるのでは?
と思ってしまうかもしれないが、動作の中にある技術的な部分、その方法もガラリと変わるため、それこそ初心者に戻った頃のようになる。
例えるならば「右手で使っていた箸」を「左手で使え」とするならば、慣れていなければ、やはり最初は難しいものである。
ただ、箸の使い方は知っているので、練習すれば出来るようになる、といったところだろうか。
【豆知識】
あとこれは豆知識なのだが。
一般の弓道部において「左手で箸を使って食べなさい」といった学校も結構ある。
その理由は、弓を持つ左手を、上手に使えるために。といった意味である。
もし実際に弓道をやっている方で、興味がある方は、一つの練習方法として、考えてみると面白いかもしれない。
【解説終わり】 ← ← ← ← ←
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