第95話「光の霧」

 相変わらず、会場は盛り上がっている。

 藤原が桃山高校の選手を2人倒した事により、その盛り上がりは有頂天のようにある。


 桃山高校を応援する声、真弓高校を応援する声。

 どちらが笑い、どちらが泣くのか。

 その結末は、やってみなれば分からない


 濃い霧が徐々に薄くなっていく中、まだ互いの位置は把握出来ていない様子。


 桃山高校の選手が2人離脱した事により、坂本はきびすを返し、中央にある塔の近くで、無防備に立っていた。

 藤原に対し、喋りかける。


「某は驚いたよ……まさか建物の窓ガラスを突き破り、強引に屋上へと飛翔するとは。その身体能力は、敬意に値するよ。でもそれは、道幅の狭い住宅街でしか使えぬ弓術。某は、今塔のたもとにいる」


「それは、私に来いと言う事か?」

「いや。もう近くにいるだろう?」


 その言葉の後、坂本は腰の重心を低く、弓を構えた。

 その構えは、榊原の弓を弾いた『抜刀術』の構え。


 両者の姿がうっすらと確認できるほど霧が薄くなる。

 藤原はゆっくりと、坂本に歩を進めている。


――その距離「10メートル」――


「いいのかい、そんなに距離を詰めて? ここはもう、某の間合いだぞ?」

「悪いが、私にとってもここが間合いなのでな」


 互いの姿が見える程度に、視界が開けた。

 藤原の背中にあるはずの矢筒は右腰に、右手には『かけ』はない。

 素手で矢筒から取り出すと、つがえず弓を構えた。


「これは私の必殺技だ!! 寝ずに考えた!」

「なるほど!! 面白いな!!」


 そして互いに、前進するべくそこから踏み込んだ―――


「参るぞ!! 藤原瞳!!」

「ゆくぞッ!! 坂本愛華!!」


 坂本は踏み込んだその勢いで、藤原の弓を弾くべき前進する。

 対して藤原は、構えた弓に矢をつがえ、素早く射る。


――バシュ! ―――ッカン

 

 坂本の一振りでその矢は弾かれるも、藤原は連続的に矢を乱れ射る。引き尺は小さく、その飛距離は短いが、至近距離での射ち合いには、十分すぎる距離である。


 ―――バシュンバシュン 

           カンカン――


「ハァ!! もらったぁ!!」


 坂本のその振りは、大きく速い。

 矢を弾きつつ、距離を詰めた坂本。

 藤原の弓を弾くべく、和弓を振り抜く。


 だが―――ガン!!


 藤原は両腕で弓を握り、そのひと振りを受け止める。

 坂本の表情が、引きつった。

 藤原はその両腕で、坂本の弓を弾き返す。

  

――キィン――――――


 バランスを崩した坂本に対し、藤原は矢筒から引き抜く。

 弓を構えたまま―――2本同時につがえた。 



——そのまま『双射!』———



―――バシュンッ

    ―――バシュンッ!


 その射に矢勢はない、だがこの至近距離なら、貫く事は出来ずとも『あてる』には十分である。


「そうか………某は———」


 その一瞬、坂本は目を閉じた―――2本の矢が坂本を捉える。

 だが藤原は———再び矢筒から矢を2本取り出した


――ブンッ――カキィンッ―――――


 坂本は目を閉じたまま、振り抜いた弓を瞬時に逆手に持つ。

 弓を円形に回転させる事で、その矢を弾く。


 そして次に坂本が目を開けたならば。

 その眼は『鬼のように鋭く』―――藤原を睨み捉えた。

 

―――バシュン

    ―――バシュン

          カーンッカン!!――


 坂本は再び矢を弾くと、そこから後ろへと退く。

 そして矢筒から矢を抜くと、弓につがえた。


 藤原は顔をしかめると、距離を取るべくその場から後ろへと下がる。


―――バシュンバシュンバシュン

         カンカンカン―――


 坂本は矢を連射する、藤原を落とすべく、間髪入れずに狙い射る。

 その矢は容赦なく、傷ついた藤原へと浴びせる。


――――バシュンバシュンバシュンバシュン

        ターンターン―カンカン!!


「はぁ……はぁ―――ぐっっ」


 藤原は痛みを堪え、悲痛な表情となる。

 矢を弾くため、力んだ箇所の傷口から血が滲む。

 だが再びその場から踏ん張り、坂本へと前進する。


「これでぇ決めるぅぅぅ!! 負けるものかぁぁぁぁ!!」

「それがしは、勝たねばならぬのだ!!」



【最後の一本を――互いに弓の弦へとつがえた】



 弓構え――――打ち起こし―――

 引き分け―――『会』―――


 その矢は、双方の頬に添えたならば

 互いを睨み合い『狙いをつける』


 ―― 離れ ――


――シュパーンッ!

―――シュパーンッ!

 

 放たれた2本の矢は、すれ違うように交差する。

 2人はその瞬間、全てを悟ったかのように。

 互いに微笑み———そして笑う。



『某は……藤原と戦えた事を、誇りに思う』


『フフフ、そうであろう?』



――ッパァ――――ン


―― 残心 ―――――――――――――


 儚い光の霧。それはキラキラと輝きながら、蒼空へと散っていく。

 その光は、多くの人々を魅了したのだった。

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