第94話「真弓高校のエース」
「おおおおお! ついに3対1だぁああ!! これはもう勝負あったんじゃね!?」
「あの桃山高校のリーダーすげー強えぇぇなぁ!! カッコいいい!!」
「キャーー!! ~〜〜皆頑張れぇぇぇぇ!!」
観客席は、相変わらず盛り上がっていた。
ステージには濃い霧が漂い、家屋の屋根を境目に、その景色は二分されている。
3対1……誰が見ても、真弓高校は不利な状況だろう。
だが、俺はまだ諦めていなかった。
その様子を見かねたのか、再び氷室絢が口を開いた。
「圧倒的に不利だと分かっていて、なぜ諦めない? 勝敗の行方は、おおかた見えただろう。大人なら、理解出来るはずだが?」
その言葉に、俺は自問自答する―――
(そんな事、やってみなければ分からない……どんなに不利だとしても、諦めれないんだよ。昔から俺はそうだ、どんな状況だって、次に繋げるために……)
「次に繋げるために………俺は諦めない。それが———」
その言葉の後を言いかけ、俺の心には何かが、走馬灯のように駆け巡った。
そうだ。
俺は常に、その思いで弓を引いていたんだ。
例えその一射に、勝敗を覆す程の結果が出ないと分かっていても。
誰かがその一射を中てる姿を見て。
俺は目を閉じ、心を落ち着かせた。
その心には、怒り、哀れみはない。
あるのは、喜び、楽しさ。
―― 弓の使い手 ―― 次に、繋げてみせる
静かに目を開けた俺は、氷室絢に言い返す。
「この試合の結果は、正直分からない。だけどこの経験は、真弓高校を強くする!! 次に繋げるため……真弓高校は戦う!!」
俺はステージを指差し、氷室絢に示す。
そして俺の指差す姿を横目で見ながら、氷室絢はこう答えた。
その表情は、かつて顧問として、生徒達に向けてくれていた笑い顔で———
「そうだな、
*
その霧の中、視界が悪く屋根の上へと登り、背を低くして弓を構える桃山高校の選手。
互いに背中を守るように、その場で静止している。
坂本は、螺旋階段を駆け上がり、その霧の中、藤原の姿を探していた。
「榊原……矢野……2人の想いは———わたしが繋ぐぞ!!」
真弓高校のリーダー藤原は、桃山高校に襲いかかる。
―――バシュンバシュンバシュンバシュン
———ターンッターンターン!!
霧の中から、矢が上空へと弧を描き、屋根で籠城する敵へと降り注ぐ。
――バシュンバシュン
パスパス―
慌てて射ち返す桃山高校の選手達。だが視界の悪い霧の中、藤原の姿を捉える事が出来ない。
戸惑う二人の様子に、坂本は指示を出す。
「うろたえるな! 見えてないのは敵こそ同じ。到底当てる事は不可能だ。矢を無駄射ちするな、かえって場所をさらけ出すようなものだ!! 敵が疲弊するのを待て!!」
その言葉に、桃山高校の選手は再び身をかがめた。
だが——〈パリィィーンッ!〉ガラスが割れるような音が鳴る。
「クックックッ!! もう遅いニャ!! そこだあぁぁぁぁぁ!!」
その大蛇は―――霧を掻き分け現れる――
一般的に、2階建ての家屋の高さは6メートル程、いかに弓を反らし、それを介したところで、霧を抜ける程の高さにはならない。
だが藤原は、家屋の隙間から勢いよく飛び出るなり、籠城する敵に矢を放つ。
―――〈ヒュンッ〉―――――
突如現れた藤原から放たれた矢筋は、勢いよく敵へ向かい、大気を切り裂くように飛んでいく。
――その距離「5メートル」――――
―――――ッパァーン!! 一つ、光の霧となる―――
〈ッガガガガガー〉藤原はすぐさま体制を立て直し、家屋の壁を滑り降りるようにして、再び霧の中へと消えていく。
その様子を見ていた黒髪は、その場から立ち上がりと、逃げるように走り出す。
その時坂本は、驚愕するように目を見開いた。
あり得ない。その言葉が表情から伝わってくる。
「ばかな!? どうやってあいつはあの高さまで飛翔するんだ……おい、何をしている。屋根の上じゃない、建物の中へ退避だ!!」
坂本は急ぎ螺旋階段を駆け降りていく、だがその場所からは、北側の下町までの距離は長く、時間を有する。
その間―――大蛇は次なる獲物を仕留めにかかる。
黒髪の選手は、坂本の言葉を無視し、そのまま家屋から塔のある方向へと一つ、二つと家屋を飛び越えていく。
その表情はしかめっ面で、憤怒している。
――――ターンッターンターン!!
霧の中へと無造作に矢を射ち込む。
だが、その矢は大蛇を仕留める事は出来ない。
黒髪の選手は矢をつがえ、弓を構え霧の中を警戒する。
〈パリィィーンッ〉 そして――再び大蛇は現れた――
―――バシュンバシュンバシュン!!
カーン、カンカン―――!
「2……1……リロード!!」
藤原は霧の中から飛び出ると、体を捻りながら弓を振るい、その勢いで矢を弾く。
屋根の上へと着地し、そのまま敵へと急接近する。
――その距離「4メートル」――――
「うニャぁぁぁぁぁ!」
――――〈ドシィーン〉
猛烈な体当たりをし、避けようとした黒髪の選手は大きくバランスを崩す。体制を立て直すその間、藤原が矢を放つには十分な時間だった。
矢筒から矢を取り出し、瞬時に会へと入る。
引き尺は小さく、その動作は『弓構え』のみ。
だが『斜面打起し』であるゆえ、十分矢を射る事が出来る———
――『ゼロ距離射撃!!』――――――
――――パァーン!! 二つ、光の霧となる――
「クックック。これが私の弓術ニャ!!」
「なるほど……手強い!!」
藤原の弓道着は酷く破けていた、露出した手足の部分と、顔の皮膚からは切り傷による多数の出血……藤原は笑う。
その顔にはもう―――レンズのない眼鏡はない―――
「矢野、榊原……おまえらの分は取り返したニャ。だから安心するニャ……そしてここからは———」
藤原は、そのまま霧の中へと飛び降りる。
紫色の髪をなびかせ、ボロボロの袴姿で。
「真弓高校のエースとして、この藤原瞳が背負ったぁぁぁぁぁ!」
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