第93話「鐘の音色」

 ステージ中心にそびえる塔に対して、北側にある住宅街の中央付近。藤原と矢野はその住宅街に紛れ込みながら、桃山高校と矢を射ちあっていた。


 桃山高校の選手達は、藤原達のいる中央付近を、西側と南側との2方向から攻め、無尽の矢を浴びせている。


——バシュバシュバシュバシュ

     ターンターン!! バシュバシュ——


——バシュバシュバシュ!

      カンッ! カンカンッターン!——


「矢野! こっちに逃げるニャ!」


 西側から矢を放つ坂本は、家屋の隙間から見えたその一瞬を見逃さなかった。


「東側だ、おそらくそのまま潜伏する気だろう。某が行くまで下手に接近するな!! 距離を保ち、敵をそこに留めろ!!」


 藤原達は家屋の中を縫うようにして矢を避けつつ、その突き当たりまで移動していく。


 坂本は矢をつがえず、大胆に進行。西側の選手とそのまま東側へ進む。真弓高校の隠れた場所、その南側には桃山高校の選手。

 そのまま真弓高校を、二方向から追い詰めていく。

 

 藤原達は苦戦するいっぽうだが、桃山高校には余裕があるように感じられる。そのまま真弓高校へと、ジリジリと距離を詰めていく。


 その距離、およそ20メートル。


「さぁて、これで準備はできたニャ。さぁ、かかってくるニャ!」

「待て……少し様子が変だ。矢をつがえそのまま待機しろ。敵は何か企んでいるかもしれない」


 坂田の言葉に、桃山高校は進めていた歩を止める。

 黒髪の2人はその場で背を低くし、そのまま静止している。


「クックック、さすがだニャ。だがお前達の位置は把握しているぞ? ここから西に2人、南に1人だな」

「あの状況で、こっちの動きを観察していたのか? まさか……あの状況でそんな余裕はないはずだ」


 藤原の言葉を警戒したのか、坂本は弓に矢をつがえ、周囲を気にかけながら接近していく。

 10メートル程進んだ時、弓を打ち起こし、引き分けた。


——バシュンッ!  

        ———バキィィッ!!


 木製のドアを突き破るようにして、矢野が建物から飛び出してくる。ドアを盾にするようにして、そのまま坂本に突っ込んでいく。

 矢野の後ろからは、藤原が坂本に向けて矢を射る。


——バシュンバシュン!


かんにさわったような顔付きになりながらも、坂本はその場から一旦住宅街の隙間へと身を隠す。

 ドアを放り投げ、その隙に2人は南側へと走り出す。


「敵は南進している! 狙い射て!」


———バシュンバシュン!!

            カンカン!!———


 藤原達の進路を塞ぐように、南側にいた桃山高校の選手が矢を射るも、矢野が弓を振い、それを弾き落とす。

 その後方からは、弓を反らせ飛翔した藤原が矢を連射する。


————バシュバシュバシュ

         ——バシュバシュ!

————カンカンッ!!

      ——ターン! キィン!


 その連撃に怯んだ選手は、その場から一旦逃げるように身を隠した。藤原はそれを追撃、一気に桃山高校の黒髪選手を追い込んで行く。

 矢野は援護するかのように、その場から反転、北から迫る坂本ら2人に矢を荒々しく乱れ射る。


——バシュバシュンバシュ 

       ———パスッカンカン!


———バシュンバシュンバシュン


 それに反応し、坂本と合流していたその2人は、矢野を仕留めるべく歩を進める。

 リロード時間となった矢野は、建物の中に退避する。


「よし……某はあの黒髪を仕留める。行け!! そのまま防戦をしつつ、2人で時間を稼げ! 参るぞ!!」


 坂本が弓を刀のように構え、前進したその時だった。


〈パリィィン! パリィィン〉窓ガラスが割れ、家屋からは椅子や花瓶といった小物が飛び出してくる。

 一瞬目を丸くした坂本だが、そのまま弓を振り回し、前進していく。


「なるほど……その判断力、某ながら関心する。だが申し訳ないが、勝つのはこちらだ!!」


 矢野は家屋の屋根へと登ると、そのまま建物を飛び越え、中央を南進していく。

 藤原程ではないが、不器用ながらも、確実に一つ二つと進んでいく。


———バシュンバシュン

         ——カンカン!!


 リロード時間となったのか、藤原は舌打ちをすると追撃を辞める。そのまま住宅街を蛇行し、南進する。

 屋根を飛び越えていく矢野の姿を見て、藤原はニヤリと笑った。


 桃山高校の黒髪双方は合流、そのまま藤原を追いかける。

 一方坂本は屋根の上に登り、矢野を狙い乱れ射る。


———バシュンバシュンバシュン 

            カンカンカン———


 矢野はなんとか矢を弾きながら、建物を飛び越えていく。

 中央の塔に向かって最後の1軒———矢野は躊躇せず、そこから飛び降りた。

 不自然な着地——体制を崩すも、リロード時間を終え、弓に矢をつがえる。


 その光景を眼にした坂本は目を細め、どこか楽しそうな表情となる。

 矢をつがえるのを辞め、追いかける速度を速めた。


———バシュンバシュンバシュンバシュン

         カンカンカンカン——


 藤原は黒髪双方の猛攻を凌いでいる。

 その隙に、坂本は屋根から飛び降り、一気に矢野との距離を詰める。


————シュパーンッ——


 矢野の一射は、中央の頂きにある『銀色の鐘』へと放たれる。

 緩やかに放物線を描き、それを捉えた。

 そして矢野は、その右足を庇うようにして坂本へと向き直ると、矢をつがえず弓を構えた。


 坂本は矢をつがえ、笑い顔となる。

 そのまま弓構え、会へと入ると、矢野を狙い射る。


—————バシュンッ!!


 ほんの僅かの差だが、矢野の一射は鐘を鳴らす。

 この空間を、高らかな鐘の音色が包みこんだ。


〈カァーーンーー———〉


——バシィン!


 矢野は何かを堪えている悲痛な表情。

 渾身の一振りで坂本の矢を弾く。


 だが、次の一振りの前にはすでに……

 坂本は矢をつがえ、弓を大きく引き分け、会へと入る。


「その誇り、某が弓術を持ってして応えよう。はぁぁぁぁぁぁ!!」

「すまない………矢野」


 藤原の声を遮るようにして、薄っすらとした霧が、その黒髪の少女を覆い隠していく。微かに矢野の表情はまだ見える。


 霧の中に一瞬輝きを放つのは、その一雫―――

 矢野は雄叫びをあげ、背負った矢筒を盾にする。


—————ッパァーーン!!


 霧を掻き分け、その矢は矢筒ごとその体を貫く。

 白い霧と混ざり、くすんだ輝きを放つその光は。


 力なき鐘の音色と共に――――虚無へと飛散した。



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