第92話「弓術」
近代的な家屋に囲われたその中央、コンクリート質の外壁を持ち、無骨で金属製の質感を持つ螺旋階段が、ただ途方もなく続いている。
その頂きには『銀色の鐘』が、まるでその存在を示唆するように静止している。
真弓高校の選手達は、その銀色の鐘を目指すかのように、住宅街の隙間を蛇行しながら、北進している。
対して、桃山高校の選手達は、ひたすら真っ直ぐと南進していく。
——塔を中心とし、互いの距離「50メートル」——
何か気配を感じたのか、桃山高校の選手達は足を止め、黒髪の二人は静かに矢をつがえた。
坂本は目を閉じ、黒く無機質な舗装に左手を当て、何かを探っている。
目を見開いた次の瞬間———坂本は弓を高らかに掲げた。
「各自、散会しろ! 敵は中央を北進している。挟み込め!!」
桃山高校は瞬時にその場から散ると、そのまま南進——走る。
坂本の言葉に、藤原は表情をしかめた。
真弓高校は二手に別れ、北進していく。
西側に矢野が、東側には藤原と榊原だ。
「やるニャあ……そのまま前進!! 予定通り、中央を目指す!!」
———バシュッバシュッバシュ
タンッタンッタン——
桃山高校の流派は『斜面打起し』である。
桃山高校の選手は、無差別に矢を上空に放つ。
威嚇とも言わんばかりの射撃。
その矢は放物線を描いたのち、真弓高校の前方へと着弾する。
その様子を駆けりながら見ていた藤原は、舌打ちをした。
藤原の後ろを追いかける榊原に、右手で合図をおくる。
榊原はそのまま、北進し続ける。
「あれは罠ニャ。矢を射るタイミングを見誤るな!! 建物と障害物を使い、とにかく駆け抜けろ!! 敵はもうその場所にはいない!!」
「なるほど。大蛇の藤原とやら、その名は伊達ではないようだな。ならば、某も参るぞ!!」
東側から北進する藤原は、近くの建物から屋根の上へと駆け上がる。建物間の隙間を軽々と飛び越えながら、敵の位置を探りつつ、そのまま中央を目指す。
藤原に対し、無数の矢が飛んでくる。
———バシュバシュバシュバシュ
カンカンカンカン———
「中央付近に2人! こっちに来るニャ! だがもう一人の姿は見えない……矢をつがえ、警戒ニャ!!」
藤原は中央から飛んできた矢を弾きつつ、応戦する。数本射ち返したのち、矢をつがえたまま、建物の隙間をキョロキョロと見渡す。だが、坂本の姿を見つける事ができないようだ。
——バシュンバシュン
パスッパス——
——バシュバシュン、ターンターン
カンカンカンカン——
桃山高校、黒髪の選手らはリロード時間となり、住宅街の中へと身を隠す。その隙をつき、近くにいた榊原が走りながら矢を射る。
——バシュン! バシュン!
——カン! カン!
敵を捉えたかのような矢筋だが、そう甘くはない。
弓で軽々と弾かれ、榊原の前に立ちはばかる
——バシュンバシュン! バシュン!
カンカン! —パスッ——
「駄目だ榊原!! 北へいくニャ!!」
———バシュン———バシュン!
榊原の進路を確保するように、藤原は黒髪2人の選手を狙い、乱れ射つ。その隙に榊原は北進し、藤原もさっそうと、屋根を飛び越えていく。
同時に矢野は、西側から無事に抜けきると、警戒しながら塔の北側へと移動していく。
榊原と藤原は、あと数メートルで住宅街を突破し、中央へとたどり着く。後ろからは、矢をつがえ追従してくる桃山高校の選手。
その時、その声は聞こえてきた。
「きたようだな。少し手荒になるが、参るぞ!!」
姿の見えない坂本の声が聞こえてくる。
藤原は何かを察したのか、突然榊原に叫んだ。
「まずいニャ! 坂本は建物の中だ!! 榊原、警戒するニャ!!」
藤原の叫び声に榊原は慌てて弓に矢をつがえた。同時に藤原も矢をつがえ、赤色の屋根をした建物を狙い射つ。
——バシュンッ———〈バキィーン!!〉——
突如勢いよく開いた建物の扉に、藤原の矢が刺さる。それと同時に、重力に逆らうかのように、地面と平行した銀色の髪。
その者の瞳は鋭く、弓を打ち起こした金髪の少女を捉えていた。
だが坂本のその構えは、まるで『抜刀術』のような構えである。
両手で弓を刀のようにして持ち、左腰に添えている。
その人影は、瞬時に榊原へと近寄る。瞬きすら許されないその光景に、俺は目を疑った———その動きは、速い!!
〈——バシィーン!!——〉
刀を抜くかのようにして、坂本が弓を薙ぎ払う。
和弓の一線。左の腰骨を支点に『一太刀』
弓構えた榊原の弓を弾き飛ばす———
榊原の弓は手を離れ、宙を舞う。
右手は矢筒から矢を抜き取り、左手は薙ぎ払った弓を握り直す。
弓の姿勢を振り直し『二太刀』
弦に矢をつがえた———
そこから流れるように打ち起こしたならば、瞬時に会へと入る。
弦を飛び出したその矢は、鋭く敵を射抜く———『離れ』
―――パァーンッ―――――
力なく宙に舞う弓と共に―――その光は、霧となる。
その光景を見た藤原は、北へと駆け抜け、塔の北側を目指す。
坂本はその場で立ち止まり、残りの2人と合流した。
その表情はどこか寂しげに、消えていく霧を眼で追いかけた。
「某のこれは愚行だ、だが許してほしい。勝たなければ意味がないのだ……行くぞ。残るは二つだ」
その言葉に2人は頷くと、坂本を先頭に、北進し始めた。
*
「おいおい、見たか今の!! すげぇーー!! 桃山高校のリーダー、めっちゃ強えぇぇ!」
「もう一度見たいわ!! キャ〜〜〜痺れちゃうの〜〜〜♪」
「あたし! 桃山高校の勝ちに一票!! 真弓高校って、何かぱっとしないのよね!!」
(なんだよあれ……あんな戦い方……)
俺の心は、何かと葛藤しているのが分かる。だがそれは一時的なもの、藤原ならやれるとタカを括る。
自覚はないが、俺の心理を見透かしたかのように、涼しげな顔で氷室絢が口を開いた。
「顔に出ているぞ? まったく……思わず呆れてしまったよ」
「まだだ……勝負は最後まで分からない。まだこれからだ!」
俺は少し、力んだ声で返事をした。
氷室絢はポケットから手を出し、腕を組む。
「一つ聞いてやろう。選手の実力を信じるのは結構だが、正面打ち起こしには限界がある。なぜ、斜面打ち起こしを教えていない?」
「それは………」
その言葉に、心は揺さぶられた。俺自身も、その事については後ろめたさがあるからだ。
だがそんな俺の心情を無視するかのように、その言葉は重く俺にのしかかった。
「いつまで学生気分なんだ」、と。
俺は反発するように「教え子を信じる」そう答えた。
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