◉トーナメント1回戦

第91話 フィールド「塔のある住宅街」

 弓道FPS台へと道具を収納した後、挨拶をするために、両校の選手が横並びに整列する。

 俺と対峙するのは、かつての師匠。

 それぞれの隣には、その教え子達…凛とした空気が、その場を包み込んでいた。


「真弓高校の顧問、後藤葵です。よろしくお願いします」

「リーダーの藤原瞳だ。通り名は"大蛇の藤原"! この試合、勝たせてもらうぞ? クックックッ!!」


 藤原は涼しげな顔で、そう言い放つ。

 その言葉を聞いた氷室先生は、組んでいた腕をほどくと、腰に手を当てた。

 そこには、華やかな香りは漂っていない。

 余裕の笑み。そんな表情をしている。


「桃山高校の顧問、氷室絢だ。見たところ、エース級は1人だな。先に言っておくが、ウチの選手は、皆がエース級だ」


 その言葉に、桃山高校の選手達は揃ってゆうをする。

 その動きは、訓練された軍隊のように乱れがない。

 頭を上げ、そしてそのリーダーは口を開いた。


「某の名は、坂本愛華。通り名はないが、某が弓術を持ってして、全力で戦わせてもらう!」


 引き締まったその表情からは、誠実さと気迫を感じる。

 並びにその選手達の表情は、寡黙にも勝利を訴えているようだ。

 矢野と榊原も負けず劣らず、その目は相手選手を捉えていた。


———勝って笑うか、負けて泣くのか——


 その勝敗の行方は、弓を引く選手達に委ねられた。


 黒髪を大きく揺らし、せかせかとアリーナ席へと向うその女性の後を追うように、俺は歩を進めた。

 俺はアリーナ席に用意されたパイプ椅子へと腰掛けると、試合をするステージを見つめた。



【1回戦目のステージ】

 ステージの中心に塔がある、住宅街のような場所だ。


 現代的な住宅街に囲われ、その中央には巨大な塔がある。

 その塔を螺旋状に囲う外階段を登ったその頂きには、銀色の大きな鐘が、露出して設置されている。


 このステージの仕掛けギミック

〈その鐘を鳴らせば、濃い霧が街並みを覆う〉

 一定時間、背丈を覆い隠す程のこの霧を、戦術的にどう組み込むのかがポイントである。


・ステージは円形、直径100メートル

・中央の塔の高さ、30メートル

一般的なマンションの、10階程度の高さだ



 その南北に別れた両校の選手が、静かに試合開始の合図を待っている。

 俺は椅子に腰掛け、桃山高校の選手を注視していた。

 リーダーである坂本には、通り名はないと言っていたが、手強い事は間違いないだろう。

 残りの選手は双方黒髪、坂本と同じくその実力は未知数だが、覇気は感じる。


(藤原、矢野、榊原、頑張れ。ここは正念場だ)


 俺の隣には、両腕をポケットに突っ込んだまま、引き締まった表情で真弓高校の選手を眺めている、氷室先生。


 だが突然にも、失笑する。


 その様子に苛立ちを覚え、俺は思わず怒りを込めた声を発した。


 何がおかしい、と。 


 だが、氷室先生は何食わぬ顔で、右手を力なくヒラヒラとさせると、再びポケットに納める。


(完全に舐めてるな……)


 俺は憤る気持ちをこらえて、試合開始前のアナウンスに耳を傾けた。


『それでは只今より、〈真弓しんきゅう高校〉対〈桃山ももやま高校〉のトーナメント1回戦を開始します』


 ステージの上空に、秒読みカウントダウンを示す、枠が木目調に装飾された、信号機のような液晶パネルが降りてくる。


 左から順に、青いランプが順に点灯していく。


〈Three!Tsu!One!ーーReady…GO!!〉


 軽快な音と共に、アリーナの観客席から歓声が飛び交った。

 トーナメント1回戦目、試合開始だ。








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