第90話 銀色の髪をした少女

 俺は予定よりも早い時間に、インターハイの招集場所へと来ていた。

 真弓高校に招集がかかるのはもう少し後となるのだが、俺自身が妙に落ち着かず、ここへと来てしまっていた。

 やはり、ウチの選手達もまだ来ていないようだ。


 試合開始前の順序も、基本的には選抜大会と変わりなく、使用されるFPS台も同じである。

 何もする事がないので、招集場所が見通せる窓際で、俺はぼんやりとしていた。

 するとさっきまで戦っていたのであろう、試合を終えた選手達が弓道FPS台から出てくる。


 喜び、はしゃぐチームと。

 悲しみ、泣き崩れるチーム。


 そのチームの様子を見ていて、俺はなんだか、もの寂しい気持ちとなる。

 勝ったチームが負けたチームに歩み寄る事もなく、そのまま別れていく。

 そんなものだと言えばそれまでだが、試合後の軽い挨拶程度、あってもいいのにと思う。


(寂しいな。1回戦とはいえ、こんなものか……)


 ふと視線を動かすと、弦の張った弓を持ち、矢筒を担いだ藤原が、俺を見つけるなり、こちらに歩み寄ってくる。


 寄ってくるだけならまだしも、何故か俺に道具を持てと強引に渡してくる。

 いつも通りの調子で、相変わらずと言ったところか。

 俺は道具を受け取るなり、なぜ早く来たのか尋ねたところ、面白がるようにこう答えた。


「なんだか、武者震いがしてだな……クックック!! なあそうだろう?」

「そうだな……でも対戦相手は、今回初出場らしいぞ?」

「クックック!! つまり真弓高校と同じ、超強いって事であろう? そうであろう??」


 弓道競技において、インターハイに出場する高校は、一定数は固定されるものの、案外毎年変わるものである。

 そして対戦校である『桃山高校』は、調べた限り過去にインターハイの出場経験はない。


 その強さは未知数だが、顧問はあの氷室先生だ。

 苦戦はするだろうと思っている。


(氷室先生、そして桃山高校……まぁ考えても答えはでないか。それにしても)


 俺はさっきから、変な動きをしている藤原に声をかけた。


「ところで藤原、何やってんの?」

「勝利の舞だ! 今日のために寝ずに考えたぞ!!」

「恥ずかしいんだけど……」


 例えるなら、ラジオ体操とヨガを合体させたような舞である。

 つまり、意味が分からない。


 俺が呆れていると、誰かがこちらにスタスタと歩いてくる。

 その少女は袴姿で、背中まである銀色の髪を一本に縛っていた。

 藤原へと近寄るなり、笑い顔で小さく拍手をする。

 俺はその意味を理解出来なかったが、藤原はニヤニヤとしていた。


「君の舞に、それがしは関心したぞ、なかなか鍛えているようだな。あのバランス感覚は、そう真似できるものではないな」

「クックック! おぬし、なかなか鋭い洞察力を持っているな? ほほぉーう……なるほど、かなりの腕のようだな」


 藤原はその少女の両腕を見るなり、ニヤニヤしながらそう答える。

 その少女は目を見張るなり、大きく笑った。


「はっはっは、面白いな!! 君の名前は? 某は坂本愛華さかもとあいかだ。学年は2年生だが、もし口の聞き方を間違えていたのならば、許してほしい」

「藤原瞳だ。私は3年だが、そんなものはこの場に関係ないさ、ところでだニャー」


 さっきの動きについて、藤原は何やら解説を始めた。

 坂本と名乗った少女も、さっきの動きを真似しようとしている。

 好奇心があるのはいい事だが……


(某ってのは……なんか意気投合しているし、こいつもワープしてきた生命体か?)


 ウチの試合開始までにはもう少しだ。

 それまで、そっとしておいてやるかな。


 しばらくして、その2人が笑顔で連絡先を交換した後、坂本は少し浮かぬ顔をして、思い悩むように口を開いた。


「すまない………某の愚行に付き合わせてしまい、申し訳ない。藤原殿は、優しいのだな」

「それはそれ、これはこれだ。私も楽しかったのだ、報酬は十分であろう………行くが良い、お迎えが来ているぞ?」


 藤原は涼しげな表情で別れを告げると、坂本はゆうをし、小走りにその場から離れていく。

 その先には、弓具を持った桃山高校の選手2名と、弓を担いだ氷室先生が、片手をポケットを手に突っ込み、立っていた。


 俺と藤原の元には、真弓高校の矢野と榊原が歩んでくる。

 整列したところで、互いにまじまじと直視する。


、桃山高校の顧問をしてます、氷室絢です。真弓高校の方々ですね? 次の試合は、よろしくお願いします」


(何が初めましてだよ、この野郎!!)


 俺は心の中にある、何かに見切りをつける。いつまでも過去の事に囚われてちゃ、教え子達に見せる、面子がねぇだろうが―――


――悪いけど、越えさせてもらう!!


「真弓高校です、次の試合はよろしくお願いします。でも、茶番劇は必要ないんで。氷室絢先生、いや……師匠と、言った方がいいですか?」


 その言葉に、ウチの生徒達は驚愕きょうがくしているようだ。

 それに対して、相手校の選手は何食わぬ顔である。

 氷室先生は高らかに笑い声を上げると、静かに俺を睨みつけた。


「試合直前で、教え子を不安にさせるような事を言って、どうするつもりだ? ほれみろ、不安そうな表情をしている」

「いえ、別にどうこうする気もない。何も問題ないんで。なぜなら、ハッキリ言って、真弓高校は強いんで」

「……そうか、ならばこちらも言わせてもらう。ハッキリ言おう、桃山高校は、強い」


 こうして、かつて弓を教えてくれた先生が顧問をする、桃山高校と対戦する事となる。

 だけど、ここは一つの通過点でしかない。

 俺はその事を胸に、招集場所へと向かった。



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