第89話 再会、日高夏希

「フウゥゥゥーー…」


 開会式が終わり、結局俺は喫煙場所へと足を運んだ。やはりチャージはしておきたい。

 ちなみに俺の車は禁煙車であり、そこで喫煙をする事はない。


 現在、女子の部のトーナメント1回戦が始まっている。

 ちなみに、アリーナ内は歓声で埋め尽くされていて、さすがは弓道インターハイだなと思う。


 ちなみに試合会場には売店のような場所もあり、簡単なお土産などを買う事もできる。

 幼き頃の定番である『ドラゴンのキーホルダ』も置かれており、それを手に取ったならば、懐かしい事間違いないだろう。


 俺は吸い殻を捨て、観客席へと戻ろうかと歩き始めた。

 すると突然、俺を呼ぶ女性の声がしたので、俺は足を止めた。


「そこのあんた、ちょっと待ちなさいよ!!!」


 俺は声がした方へと振り向くと、そこには気が強そうな女性が俺を見つめていた。

 金髪のショートヘヤに、服装はカジュアル系、まぁ髪色以外は普通な感じだ。

 見たところその女性が誰なのか、俺には見当がつかなかった。


「……俺の事か?」

「そうそう!! その特徴的な髪型、あんた後藤葵でしょ?」


 その勝気な女性は腰に手をあて、何やら威張ったように俺に話しかけてきた。

 まったく、なんの用かは知らないが、うるさい女性だと思う。


「本城から聞いたのよ、後藤が真弓高校の顧問やってるって聞いたから。探してたのよ」


(本城から聞いた? 誰だ……わからん)


 そんな俺の表情を見てなのか、両方の目尻を吊り上げ、ギロリと睨まれる。


(俺、どんな表情してたんだ? でも、やっぱりわからん)


「はっは〜〜ん、こんな可愛い女の子を忘れるなんて、いい度胸してんじゃない。日高よ!! ひ・だ・か!!」

「ひだか―――げ!? 日高夏希か!?」

「げってなによ!! げって!!」


 俺は過去を思い出し、ある女性の名前が思い浮かんだ。

日高夏希ひだかなつき」、本城と同じ、部活の同期だった奴だ。


 当時は黒髪で、もっと長かった記憶があるのだが、こうまでイメチェンされると、分からないものである。

 自分の事を可愛いという、その自信過剰なところは変わりないが、別にあざとくはない。

 確かに、歳の割には綺麗な方だとは思う。

 20代と言っても、バレないかもしれない。


「あーっと、それで俺になんの用事だ?」

「何よその反応? フッ…久しぶりだな夏希、可愛いな……っとかないわけぇ!? そんくらい社交辞令でしょ!??」

「俺の辞書に、そんな文言はない」


 俺は内心、厄介な奴と遭遇してしまったと思っている。

 高校時代の同期とはいえ、こいつにあまりいい思い出はない。

 記憶にあるのは、ただひたすらに、こき使われていた事だけだ。


「はぁ……まぁいいわ。それより、氷室先生に会った? それが聞きたくて……本城は、氷室先生がインターハイに来てた事、知ってたみたいだけど」


 その言葉に俺は少し驚いたが、嘘をついてもしょうがないので、氷室先生と昨日会ったと伝えた。

 日高は浮かぬ顔をするなり、何かを心配しているようだ。


「氷室先生、なんであたし達に何も言ってくれないんだろ? 久々に会えたのに、なんだか悲しいよね……」


(多分、再会を慈しむ余裕がないだよ、あの人は今、桃山高校の顧問として、ここに来ている、それも……かなり本気だ)


「……さぁ、俺には分からないな」


 俺は適当な理由をつけその場を去ろうとするも、日高に強引に引き止められる。

 スマホを取り出すなり、電話番号を教えろと言い出した。


 正直、面倒な事に巻き込まれる確率が向上するので、電話番号を交換したくはない。

 でも交換しなければ、それはそれで面倒くさい事になる。

 つまり日高の性格上、強制という事だ……その番号が通じるか確認したところで、互いにスマホをしまう。


「そうそう、あたし〈鈴ヶ丘すずがおか高校〉の顧問だからさ、よろしくね!! ほんじゃね〜〜〜」


 用が済んだのか、満足そうな表情となると、軽快に走り去っていく。

 その後ろ姿を見送ると、俺は呪文を唱えた。


「くわばら、くわばら」


 こうして、厄介な奴が、俺の携帯メモリに登録されたのだった。

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