第84話 混ざってないもの

 インターハイの開催まで、あと数日となった頃。俺は気分晴らしに〈♂全力射ゲイ♀〉へとやって来ていた。

 店の窓から見えるのは、派手な明りの灯った、夜の街である。

 俺はこの店のカウンター席に座っているのだが、どうやら他のお客さんはいないようだ。

 相変わらずこの店のマスターは、ピンクの袴姿でスキンヘッドだ。


 インターハイは県外で行われるので、明日から事前に現地へと向う予定をしている。

 宿も手配済みだ。

 ただ思い悩む事があり、俺は久しくこのお店で飲んでいる。

 

 目の前に、カウンター越しからコトリと飲み物が置かれる。

 そのグラスに入った、ブラックコーヒーを眺めながら、俺は物思いにふけっている。

 マスターは優しく声をかけてきた。


「どうしたの〜? ゴットちゃん、元気ないわね~〜何を悩んでいるのぉ?」

「インターハイの出場校についてね……ちょっと考えてる」

「………そぉう、何かあったら、声かけてちょうだい♡」

「ええ、ありがとうございます」


 つい先日、インターハイの出場校が記載された、パンフレットが届いた。

 出場校を調べるため、その名簿を読んでいたところ。ある高校の名前を見つけた。

 それはかつて廃校になったはずの、高校の名前が記載されてあったのだ。

 俺はその名前を見つけるなり、思わず過去を回想してしまったのだ。


――なんで、あの高校の名前が。


 コップを手に取り、ブラックコーヒーを一気に飲み干す。

 空になったグラスから、カランッと氷の音が鳴る。

 俺はそのまま、しばらく沈黙した。


 コトリと、銀色の小さな灰皿が置かれる。

 それを見た俺は、電子タバコを取り出し、カートリッチにタバコを装填する。


「…………」


 準備が出来たのち、俺はタバコを咥えた。

 肺の中を満たすのは、いつもの煙。


「フウゥゥゥー…………フウゥゥー……」


(俺は、何を考えている? 過去の事か?)


「ゴットちゃん、ひどい顔。そんな顔をしたままだと、明後日からの試合に影響が出るわよ?」


 俺はそう言われ、マスターに静かに返事を返した。


「俺の気持ちが、試合に影響すると?」

「そうよぉん。あの子達にとって、頼れる存在は、ゴットちゃんだけなのよ?」

「………おかわり、ください」


 マスターは手際よく次の1杯を用意すると、そっと目の前に置く。

 そのコップの色は、茶色く濁っていた。

 しかも、白い模様が浮かんでいる。


「ん……ミルク?」


 マスターは何も言わず、再びその場を離れる。

 何かを伝えようとしているのだろうか?俺は不完全に濁ったその飲み物を一口飲むと、そっと机の上に置いた。


(ほろ甘い。シロップも入っている、なぜ?)


 俺はしばらく考え、ある事に気がついた。

 "混ざっていない"んだ。


(昔の自分と、今の自分。ひとつになっていないのか)


 俺はマスターが伝えたい事を、少し理解したように思う。

 タバコを装填し、口に咥える。


「フウゥゥー…………なるほどな」


(だとすれば、覚悟を決める必要があるのか)


 俺はその濁った飲み物をそのまま飲み干すと、もう一杯頼む。

 マスターはニコニコとしながら、今度はブラックを出してくれた。


「マスター、ありがとう。少し楽になった」

「いいわよぉん♡」


 クネクネしたポーズをとるので、俺は思わず笑ってしまった。


(もし、あの人と出会ったならば。それは、その時は―――)


 ブラックコーヒーを飲み干すと、俺は席を立ち上がる。

 マスターに支払いを頼んだところ、今日は奢ってあげると、そう言った。


「またこんどぉ〜来てぬぇん♡」

「ははは、わかりましたよ」


 こうしてマスターに奢られた俺は、お礼を言ったのち、その店を後にした。


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