夏休み突入

第81話 先生のスピーチ

〈真弓高校、終業式〉


 真弓高校の夏休み前の終業式が、体育館で執り行われていた。

 生徒達に落ち着きはなく、体育館内はガヤガヤとしている。


 俺はというと、教職員用のパイプ椅子へと座っている。

 周辺に座っている先生方は、相変わらずの葬式モードだ。


 ダラダラとしたハゲ校長の呪文が唱え終わったところで、インターハイへと選手を送り出す、壮行式そうこうしきが執り行われようとしていた。


「さて、只今より、我が校からインターハイへと出場する、生徒達を紹介します」


 校長の言葉の後、ステージ裏で待機していた5人の少女達が、ステージ上に整列する。

 今回、インターハイに出場するのは弓道部だけである。やる気があるのかないのか、ひとまず他の部活はインターハイには行かない。


(皆真剣な表情だな。まぁ、それも当然か)


 校長がそれぞれ、名前を呼んでいく。

 5人の氏名が呼ばれたところで、その場で一礼する。


 体育館では、小さな拍手の音がパチパチと鳴っていた。

 気だるそうな感じではあるが、流行りの競技ではあるゆえ、一応応援してくれているようだ。

 小さな拍手が鳴り終えたところで、再びガヤガヤとし始める。


(まぁ、こんなもんか……)


 すると、校長はマイクに向かい、再び口を開く。

 俺にとってその言葉は、絶望のサプライズであった。


「それでは。ここで弓道部の顧問を務めております、後藤先生に、話を聞いてみましょう。後藤先生、ステージにお上がりください」


(なんだと!!? そんなの聞いてねぇぞ!?)


 隣に座っていた山太郎先生がボソっと、可哀想と言う。

 全く、このおっさんは。だからおっさんなんだよ!!


 俺は憂鬱な気持ちで席を立ち上がると、ステージの上に登っていく。

 入れ替わるように校長がステージ裏の影に隠れるなり、口パクで何かを言っている。


 正直、全くわからん。


(分かるわけねぇだろ!! このハゲ野郎!!)


 後ろに整列している問題児達は、何やらニヤニヤしている。


(くそ、他人事だと思って……)


 俺はスタンドマイクの前の立つなり、目を閉じ、少し心を落ち着かせた。


(俺が伝えたい事、それは———)


 俺は目を開けると、マイクに向かって喋り始める。


「ええっと、俺は後藤葵、新任教師です。悲しい事に、なぜかこの髪型が変だとよく言われます。おかしいなぁ〜〜イケてると思ってんだけどな〜皆さん、どう思いますか?」


 まずは、生徒達の視線を俺に向ける事だ。

 すると、体育館には、思った以上に笑い声が響き渡った。

 手をパチパチと叩き、笑う生徒も多い。


(うわ、ひでぇ。でも、視線は俺に集まった)


「ははは、冗談はさておき、俺の話は人生のためになるので、よく聞いてください。俺が話すのは、現実についてです」


 その言葉に、生徒達は静かになる。

 さっきの掴みが聞いているのか、皆俺の方を見ている。

 俺はその視線を感じながら、言葉を続けた。


「多分、皆さんは今、楽しい学校生活を過ごしていると思います。なんでそう思うかって? だって、頭髪自由、サボるのも自由、最高ですよね!」

 

 生徒達からは笑い声が飛び交う。

 他の教員達は、やはり非常識だという目で見ているが、そんなものは俺には関係ない。


「でも……学生生活が終われば、社会の歯車となり、働かないといけません。全く、面倒くさいですよね。でも生きていくためには、仕方がない事です」


「かくいう俺も、夢をあきらめ、建設作業員として働いていました。世間の目は、冷たかったですよ。そりゃもう、汚れた作業着で街中を歩くもんなら、白い目で見られてましたね〜〜」


 クスクスと笑い声が聞こえてくるも、その視線は俺へと集まったままだ。

 俺は少し喋り方を変え、その気持ちを伝える。


「でも。中には素晴らしい人とも出会った。暑い夏の中、差し入れで飲み物を頂いたり。助かった、ありがとうって言ってくれたり。だから俺、建設作業員としての仕事が、結構気に入ってたんだ、世間が言うほど悪くないなって、そう思っていた」


「なのに……その会社は去年倒産し、俺は絶望した。今までの努力はなんだったんだって、そう思った。だけど、たまたま頑張って取得した教員免許で、なんとか再就職して。そして、後ろに座っている皆と出会い、今ここに立っている」


「だから、世の中って、何が起こるか分かんないだよ。今頑張っても、しょうがないかもしれないし、将来役に立つかもしれない。でもそれは、やってみなければ、正直分からない事なんだ」


「ここに座っている少女達は、今を頑張り、このステージの上にいる。それは、一生懸命に練習をした結果であり、やらなければ出ていない結果だ。俺はそう思っている」


「頑張るかどうかは個人の自由だし、俺はとやかく言う気はない、それは、それぞれ自分で決めればいい。これは、そんな俺からのお願いだ。この少女達を、一緒に応援してやってほしい」


 俺はマイクから少し離れ、生徒達に背中を向けると、少女達へと向き直る。

 俺は、力強く拍手をした。すると、後ろ側から〈パチパチ〉と拍手の音が聞こえてくる。


 そして———


――――パチパチパチパチ

          パチパチパチ―――


 真弓高校の生徒達によって、体育館内は、拍手喝采の音色に包まれたのだった。

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