第79話 3日目

 合宿の最終日を迎える。天気は快晴だ。


(昨日の晩酌のせいか、少し体力が削られたような感覚だ……二日酔いとまではいかないけど)


 現在俺は弓道場の射場にいて、その隅でパイプ椅子へと座っていた。

 今日の練習メニューは、おのおので軽く射込み練習をした後、チームを組んで『立』の形式で練習をする流れである。


「射込みを終えたみたいだな。そしたら、今から立ち順を発表する———」


 俺が決めた順番は、こうである。

 立射りっしゃ、射る本数は一手ひとて(2本)


1番、大前おおまえ、矢野琴音

2番、二的にてき、妹尾沙織

3番、三的さんてき、妖狐鈴

4番、落前おちまえ、榊原舞

5番、大落おち、藤原瞳


 今回の立は、5人で1組となるチーム『五人立ごにんだち』で行うことにする。

 5人が弓を持ち、準備が整ったところで、俺は号令をかけた。


「これより、立を始めます!」


 黒い袴姿の少女達が、揃ってゆうをして、本座から射位へと歩を進める。

 そして矢をつがえ、前から順に弓を引き始める。


(辛そうだが、多少の筋力は回復しているはずだ。まあ、左手は痛いだろうけど)


――カシュ――カシュ――カシュン――カシュ

――パァン―パス――パス――パァン!!


 立ち順にそって、矢を射っていく。

 俺はその様子を、静かに注視していた。

 一巡したところで、それぞれ二本目を射る。


―――――カシュ――カシュ――カシュ

――パス――パス――パァン


 的中結果は、藤原が2本とも中り、他の皆は1本中る。


(それなりに集中していたな。妹尾と妖狐は、もう限界って感じだが)


 立が終わり、片付けるように伝えようと思った、その時だった。

 藤原は矢立箱から矢を取り出し、俺にこういった。


「クックックッ! もう少しで必殺技を思いつきそうなのだ、だから引かせてくれ、いいだろう? そうだろう?」


 藤原は俺の返事を待つ前に、そそくさと射位に立つなり、矢をつがえた。

 どうやら俺の意見は関係ないらしい。


(やれやれ、まだ何も言ってないのに)


「別にいいぞ。ただし、午前中までしか道場は借りてないからな」

「わかった! さぁ引くぞ!!」


 藤原は再び弓を引きはじめた。すると、矢野も矢立箱から矢を取り出し、射位へと立つ。

 その様子を見ていた榊󠄀原が、矢野に声をかける。


「おい矢野〜左手ボロボロなのに、お前も引くのか? やる気マンマンじゃん!」

「そうね、私も今の状態で、試したい引き方があるから。あなたは休んでればいいわ」

「ったく………でも、あたしも引くぜ!! 最後は当てて終わりたいからな!!」


 そういって榊󠄀原も矢を取り出すと、射位に立ち、3人は行射を始めた。


「わたくしはもういいですわ。その代わり、矢取りはやりますわ!」

「妾もじゃ……左手が痛くて辛いのじゃ。お嬢よ! 妾も一緒に矢取りをしようぞ!」

「ええ。では鈴ちゃんも、一緒にいきましょう!」


 一方、妹尾と妖狐は射場から外に出ると、矢取り道を歩き、看的小屋の近くで待機する。

 俺はその光景を見届けたあと、カバンからノートを取り出し、ペンを握った。


―――カシュン―カシュ――カシュン

――パァン! ――パス――パス


 辛いながらも、弓を懸命に引く先輩と、それをサポートする後輩達。

 その姿を横目に、ペンをはしらせる。


(これで、インターハイの出場選手は決まったな。あとは……)


『矢取り、お願いします!』


『矢取り、入ります!』


 射場からのかけ声に、待機していた2人は矢取りをはじめる。

 依然、射場に3人は弓を引く気マンマンである。

 ノートをパタンと閉じると、稽古に励むその様子を、射場の隅から眺めていた。


(頼んだぞ。先輩)


 こうして合宿最終日の練習は、午前中いっぱい弓を引き、終了となったのだ。



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