吉備の神社で合宿

第71話 1日目

 インターハイまで、あと3週間程となった頃。

 猛暑となった、七月中旬。

 

 俺はこの暑い中、古いなりにも小綺麗にされている、長い石の階段を登っていた。

 背中にはリュックと矢筒を背負い、左肩には弓を二本担いでいる。


 俺は息を切らしながら階段を登ってくる、そのお嬢様に声をかけた。

 なんだか苦しそうな表情をしていたからだ。


「おい、大丈夫か妹尾?」

「はぁ…はぁ…ま、まって頂けませんこと?」

「ははは、まぁしょうがないか。ほれ、引っ張ってやるよ」

「はぁ…はぁ…た、助かりますわ!」


 俺が差し出した右手を、妹尾が両手で掴む。

 俺は妹尾を引っ張りながら、残りの階段を登っていく。


「ちょちょちょ!!! 先生!速いですわ〜〜!!!」

「速いも何も、もうすぐ頂上だろ? 早く行くぞ」


 残りの階段を登りきると、赤色に染まった鳥居のような門をくぐる。

 その先には、歴史のありそうな神社の景色が広がっていた。

 目の前の建物、その横に掲げられた木製の立て看板には〈本殿・拝殿〉と書かれている。


 地面は、石と砂利を複合したような舗装だ。

 その建物を向かって正面とすると、右に行けば長い長い廻廊が続いている。

 左に行けば、祈願受付がある。


 俺はそこを、左に進む。

〈祈願受付け〉と看板が掲げられた、その建物の隣には、神木らしき大きな木が祀られてある。

 その木へと歩み寄ると、それを眺めた。


「へぇ~、立派な木だな。これは、いちょうかな?」

「はぁ…はぁ。わ、わかりませんわ」


(やれやれ、休憩する場所を探さないとな)


 ここから奥にある階段を数段登ると、休憩所らしきベンチを発見する。

 バテきった妹尾と一緒に、俺はそのベンチへと腰掛けた。


 弓と矢筒を置き、俺はリュックの横にぶら下げていた水筒を手に取ると、妹尾に手渡した。

 中身は、薄めたスポーツドリンクである。


「ほれ、これでも飲めよ」


 妹尾は俺から水筒をひったくると、蓋をあけ、ゴクゴクと直接飲んでいる。

 半分程飲んでから、妹尾が文句を言う。


「プハッ! ちょっと、あまり冷たくないんですけど? なんでですの?」

「あんまり冷たいのを一気に飲むと、お腹を壊すからだよ」

「むう……仕方ありませんね、我慢しますわ」


 そう言って妹尾は、再びゴクゴクと飲み始めた。


「それにしても驚いたな〜まさか妖狐の住む神社が、こんなに立派なんてな」

「プハッー。わたくも驚きましわ。この神社の廻廊は、全国的にも有名だと、聞いた事がありますわ」


 パンフレットを読んでいると、この神社の廻廊は、高低差がある坂を真っ直ぐと伸びているのが特徴的らしい。

 俗に言う結婚式の〈前撮り〉や〈七五三〉をしたりする際も、割と人気なスポットらしい。


(朝早く来たおかげで、まだ誰もいないけど、こりゃ〜下手にタバコなんて吸えないな)


 今日は土曜日、そして月曜日は祝日となっているので、3連休である。

 火曜日から数日学校に通えば、真弓高校は夏休みに入る。

 ちょっとした合宿を考えていたところ、妖狐の提案でここを使わせてもらう事となった。


 座ったベンチから見えるのは、看板を掲げ〈一童社〉と書かれた、小さなトンネルが2つ。

 そのトンネルの壁部分に、ズラリと絵馬がぶら下げてある。

 どうやら、〈祈願トンネル〉と呼ばれるものらしい。


 そのトンネルの先には、賽銭箱を設置してある、木造の建物。

 妖狐に指定された、待ち合わせ場所となる。


「待ち合わせ場所はここだな。ただ、少し早すぎたかな」

「そうですわね。でもわたくしは、シャワーでも浴びたい気分ですわ~」


 妹尾は汗で濡れた制服を、パタパタとしている。

 仮装パーティーと勘違いされぬよう、合宿中の服装を指定して、正解だと思っている。

 そうこうしていると、巫女服姿の妖狐が、細い山道のようなところから、こちらへと歩いて来た。


「予定より、えらく早い時間に来たのじゃな。妾は関心ぞ」

「ああ、おはよう。今日から3日間、お世話になるよ」

「ああ、別にかまわぬ。弓道場は予約制じゃからの。たまに、一般の人でも使っておるからのぉ。予約すれば何も問題ないのじゃ」


 いつもなら場違いの服装だと思う巫女服姿でも、さすがに妖狐のホームなだけあって、場の雰囲気と何ら違和感はない。


 妹尾は唐突に「お腹が空きましたわ」と言うので、まず合宿場所である道場へと向う事になる。

 そこに着いてから朝食だな。


「食いしん坊なお嬢じゃの。ほれ、弓道場はこっちじゃ、あの廻廊を降りた先にあるぞ」

「また、歩くのですね……でもわたくし、頑張りますわ!!」


 妖狐の案内で、妹尾は細い山道を通って、下へと降りて行く。

 俺は置いていた道具を持つと、来た道を戻っていく。

 転げても嫌なので、そっちから廻廊へと向う事にした。


「荷物持ちは、やっぱり俺だけか。ま、いっか」


 俺は置いてあった道具を担ぎ、神木の前を通る直前、誰かに声をかけられた。


「おい、弓を担いだそこの男、待て」

「ん?」


 俺は足を止め、声がしたほうに体を向けた。

 そこには、装束しょうぞく姿で、中年くらいの顔立ちをした、黒い髪の男性が立っていた。長さはミディアムくらいか。


 白い着物に、紫色の袴姿。

 その袴には、白い模様が描かれている。

 足には白い足袋に、草履ぞうりを履いている。


 その男は、シャリシャリとした音を鳴らしながら、俺のほうに近付いてくる。

 そして、俺の全身を舐め回すように見たならば、強烈な一言を発した。


「変な髪型しやがって、お前に娘はやらん」

「……………」


 俺の心は、とても複雑な気持ちで、声にならない悲鳴を叫んでいた。

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