第70話 問題児達とエンカウント

 食事を終えた俺は、くつろぎながら熱いお茶を飲んでいた。

 グルメ嬢のオススメなお店だけあって、その味には満足している。

 奥の座敷に座っている皆は、楽しそうに会話をしつつ、デザートを食べているようだ。


 昼過ぎにお店に入った事もあり、食べ終えた頃には、他のお客さんの数は少ない。

 注文も落ち着いているのだろう、カウンター越しに居た大将が、俺に話しかけてきた。


「そういやあんちゃんって、妹尾のお嬢さんの、先生をやってんだって?」

「ああ、部活の顧問としての、先生だけどな」

「へぇ〜やっぱりかい! どうりで……ヘッヘッヘ」


 何やら大将が意味深な笑い方をしている。

 どうせ笑うなら、あのお嬢様の私服について笑ってやってほしいものだ。


「ははは。まぁ、そういう事ですよ」

「でも、あんちゃんはすげー男だと思うぜ。なんたって、あの妹尾のお嬢様が、あんなに楽しそうにしてんだからなぁ!」

「それは〜…おそらく、色々事情があるんだと思いますよ、彼女なりのね」


 妹尾は一般的には金持ちと呼ばれ、お嬢様である。

 パーティーにもよく出席してしているらしいし、そしてその立場上、付き合いも多いはずだ。

 それだと色々と制限されてしまう事も多いと思うし、神経も使うのだろう。

 なんにせよ、今日が楽しく食べれたならばそれで良いさ。


「大将、先にお勘定してもらえるかい? ちなみに、カードはいける?」

「へい! なんでもいけますよ! それじゃあ〜お勘定はあちらでお願いしやす!!」


 俺はカウンター席を立つなり、入り口付近にあるレジの前へと向かう。

 いつもは持ち歩かない小さな財布を取り出すと、ある一枚のクレジットカードを差し出す。

 わざわざレジをしにきてくれた大将が、そのカードを見るなり目を丸くした。


「あっりゃ〜〜……言っちゃ悪いが、あんちゃん、本当に先生かい?」

「ははは、大丈夫だって。それ、ちゃんと使えるから。そうそう、妹尾達には内緒にしといてくれよ。そのカードの事は秘密だぜ?」

「ヘッヘッヘ……分かったぜ! 男同士の約束だ! まいどっ!!」


 俺は精算を済まし、同時にお土産で頼んでいた蟹の太巻きを受け取った。

 それを片手にお店の外へと出たならば、堤防越しに海を眺めてみる。

 澄んだ青色の海が、穏やかな波を立てていた。

 いつもならタバコを咥えているところだが、流石に今は吸おうとは思わなかった。


(少しは、仲良くなれたのだろうか?)


「クックック、何を見ているのだ?」

「………海だよ」


 突然後ろから藤原に声をかけられたので、俺はそちらに向き直る。

 居るのは藤原だけで、妹尾と妖狐の姿はそこにはなかった。


「ん? 妹尾と妖狐は?」

「お茶を飲んでいたぞ? ああそうだ、飲んでいたさ。それも楽しそうにな」

「そうか、まあ仲が良いなら問題ないね。どうだ藤原、3年生としての自覚が、少しは出てきたか?」

「うーん……そうだな。ぼちぼち」


(案外、自覚があるんだな。分かりにくが、多分そういう意味だ)


 お店の中から妹尾と妖狐が出てくると、2人は満足そうな表情をしている。


「お待たせしましたわ!」

「待たせてしもうたの、まあ許せ!」

「別にいいよ。それじゃあ、帰ろっか」


 こうして食事会は終わりとなる。

 各自解散という事になり、それぞれ帰路についた。



 俺は近くの駐車場に停めてある、自分の車へと戻る。

 まずは後部座席を開け、お土産を椅子の家に置く。

 運転席に座るとエンジンを始動させ、エアコンをフル稼働させたならば、熱気がこもる車内を冷やしていく。


「はぁ…暑いな〜〜」

「そうじゃの〜早く涼しくならんかの〜」


(あれ? なんか、ヤベー奴の声が……)


 俺は助手席へと視線を向けると、そこには紅白姿の妖怪。


「…………帰らないの?」


「なんじゃお主、妾とのデートが嫌なのか?」


(すっごく嫌です)


「そもそも、そんな姿でどこにいくの?」

「変な事を言う奴じゃ、どこでも行けるであろう? パジャマを着ているわけではないのだぞ?」

「そうだね……」


「妖怪巫女」になんて言葉を返そうか考えていると、なぜか後ろのスライドドアが勝手に開く。

 そのドアの向こうには「宇宙人」と「氷の魔神」の姿。

 解散したんじゃないのか?

 なんで俺の車に侵入してくるんだよ……


「わたしが大人しく帰ると思ったか? クックックック!!」

「まったく。どこかに行くおつもりなら、最初からそう言ってほしいですわ〜」


 俺は再び、とんでもない魔物とエンカウントしたらしい。

 退治する方法も思いつかず、なんともいえない気持ちである。


 こうして俺の目の前は真っ暗となったのは、言うまでもない。

 それにしても、この先が思いやられてしまうと思った、今日この頃であった。

 結局俺は魔物達を乗せたまま、車を走せるのであった。

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