第69話 へぃ! らっしゃい!

 とある日曜日、時刻は少し昼を過ぎた頃である。

 俺は都心部から離れた、海沿いにお店をかまえている、お寿司屋さんへと来ていた。


 お店の入り口に掲げてある青い暖簾のれんには、白文字で〈寿し処、魚の骨〉と書いてある。


(寿司なのに、骨なのか……まあ、人は多いけどさ)


 老舗のような雰囲気を持つそのお店は、見た感じ高級そうな雰囲気は感じられない。

 そのお店の入り口で、俺は案内される順番を待っている。


「はぁ……あいつら、楽しそうだな……」


 お店のすぐ目の前にある、背の低い堤防の上で、2人のモンスターがはしゃいでいる。

 そのモンスター名は「宇宙人」と「妖怪巫女」だ。


 藤原は紫色のゴスロリ服を着て、堤防の上から海面に石を投げている。水切りをしているのだろうか?

 ここからはよく見えない。だがその様子は、えらく跳ねているようだ。


「おぉ……大蛇おろちぃとやら、素晴らしい腕前をしておるの~コツは何かあるのか?」

「うむ!それはだな、ここをこうしてだな」


 宇宙人の隣には、なぜか狐耳をつけた巫女服姿の妖狐。あの妖怪いわく、狐っぽいからとのこと。

 理屈も意味不明だし、その姿は人類には早すぎた存在である。


(周囲の人の視線が痛い……そして隣にいるコイツも痛い……)


「あら?後藤先生、どうかしましたの?」

「……どうもしないよ」


(妹尾、お前はなんでいつも、そんな格好なんだYO!!)


 妹尾の服装は、氷の世界から来たようなドレスを着ている。

 それに宝石のような装飾が、えらく輝いている。

 魔法を唱えたならば、本当に使えそうなくらいだ。


 俺は心を無心にして待っていると〈ガラガラ〉とお店の扉が開く。バインダーを手に持った、スタッフさんが出てきた。


「えーと。4名で予約されてます、後藤様〜〜」

「お、準備ができたな。お〜い、藤原、妖狐、行くぞ〜〜」


 堤防の上で遊んでいた、藤原と妖狐に声をかける。気がついたようなので、ひとまず妹尾と先に、お店の中へと入ってゆく。


 店内は綺麗に掃除されており、THE寿司屋といった感じである。予想通り、寿司は回ってなどいなかった。

 カウンター越しで寿司を握る、坊主頭の大将らしき男性が、妹尾を見るなり声をかけてきた。


「へいらっしゃい! おお、誰かと思えば、妹尾お嬢さんじゃねぇか! 珍しいね〜今日は昼間っから、お寿司かい?」

「ええ、そうですわ。今日はこちらの殿方が、ご馳走してくださるのですわ!」


 その男性が、俺の顔見るなり「まいどっ!」と声をかけてくる。

 社交辞令で返事をすると、俺はカウンター席へと座る。


 少し離れた奥の座敷には「宇宙人」、「妖怪巫女」、「氷の魔神」らが座った。

 メニュー表を手に取るなり、容赦なくあれこれと注文し始める。


(あいつらと一緒に食べてたら、何か大事なものを失ってしまいそうだ……)


「クックック! まずは、大トロを五貫ほど食べるとするか!!」

「あら、油がのった奴がよろしければ、これとこれもオススメですわ!!」

「妾は迷ってしまうの〜〜おお! サーモンの炙りが美味しそうじゃ! いなり寿司も頼もうかの〜」


(騒がしいけど、なんだか楽しそうだな)


 俺はお茶を飲みながら、はしゃいでる少女達を眺めていた。

 その俺の様子を見てか、大将がハハハと笑う。


「事情は知らねぇが、あんちゃんさえ良ければ、お値打ちなコースを握りやすぜ?」

「いや、別にいいんだ。あの子達には、とびっきり美味いものを、握ってやってくれ」

「ヘッヘッヘ、かしこまりやした!!」


 カウンター越しに、大将が寿司を握る様子を見てみる。

 左手でシャリを取ると、それをコロコロと手で丸める。

 左手にシャリを乗せたまま、人差し指から薬指の上に、寿司ネタを乗せる。

 右手の中指ですりおろしたワサビをすくい、ネタにつける。

 指先に乗せていたネタを、シャリの上に乗せると、シャリの横を締め、右手を添え、手首を返す。


(へぇ、こんな握り方があるんだな)


「へいお待ち! マグロの赤身でっせ!」


 寿司下駄の上に、深みのある赤色をしたマグロが乗っている。

 俺は箸を使い、その寿司を持ったならば、軽く醤油をつける。

 それを一口で食べると、味わうようにしてそれを咀嚼そしゃくする。


「うん、臭みもないし。ネタの食感も良い、それに、濃厚だ」

「ヘッヘッヘ。あんちゃん、まるで食通みたいな事を言いやすね。もしかして、これが何のマグロか、わかるんでねぇか?」


 すると、奥の座敷に座っていた妹尾が、この赤身は「ミナミマグロですわ!」と言っていた。

 俺と大将は目を合わせると、互いに笑ってしまう。


「ヘッヘッヘ、どうやらあんちゃんは、分かってるみてぇだな!」

「ははは、自信はないけどね。これは、クロマグロだよね?」

「へぇ〜こいつは驚いた。あんちゃん、良い舌持ってんな〜〜気に入った!! 何かサービスするでぃ!!」

「ははは。ありがとう大将。それじゃ〜」


(矢野や榊原にも、何かお土産を、頼まないとな)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る