第63話 やっちまった…

 煙をチャージした俺は、弓道場の射場へと戻ってきた。

 矢野と榊󠄀原は、矢取り道からこちらの様子を眺めている。

 これより、狐マンの入部試験を行うところなのだが……


「で、なんで袴が赤色なんだ?」

「はぁ、説明するのが面倒じゃ。妾はちゃんと、入部届けに書いてあるぞ。それに、試験なのだから、別に問題なかろう?」

「はい、わかりました!」


 狐色の髪をしたその少女の服装は、巫女服みたいである。

 白地に模様が入った白衣に、赤色の袴。腰には赤いリボンに、頭には謎の耳。そして白色の胸当て。

『かけ』は黒色だが、それは別に良しとする。


 疲れるので、俺はあまり触れない事にした。

 それが正解だと思う。


「じゃあ、とりあえず立をしよう。それで判断するよ」


 すると、その狐マンは首を傾げた。

 なんじゃそれは、と言わんばかりの表情である。


(立を知らない? もしかして―――)


「よくわからんが、とりあえず的に矢を飛ばせば良いのじゃろ?」

「ああ、そうだね。まず2本引いてみて」


 そう言うと、狐マンは矢立箱から矢を2本取り出す。

 1本は床に置き、射位に立ったならば、弓に矢をつがえた。


 手の内をつくり弓を握ると、お尻を大きく突き出し、胸を張る。

 その姿勢は、Sの字みたいになる。つまり『出っ尻でっちり』だ。


 そして弓構え、大きく打ち起こし、一気に会へと入る。

 伸び合いはあまりなく、離れをしたのち、物凄い矢速でその矢は的へと飛んでいく。


―――――バッシュン!!

――パァーン!!


 その矢は、見事的に中る。


(流派は斜面打ち起こしか。だけど、この引き方は……)


 弓道において、鳩胸となる出っ尻は、あまり好まれていない。

 その理由は、体の重心は鉛直に保つ方が、相対的にバランスがとれ、射も安定するからだ。


 だがごくまれに、あえてSの字のような姿勢になり、弓を引く者もいる。



【その理由としては、ざっくりと2つある】


1つ:重心の位置が、腹筋のあたりにくる事。


 騎射きしゃの場合、両足で馬を挟み込み、その重心をがっちりと固定する事が出来る。

 それゆえ、射る矢の方向を、会に入っても左右に調整する事が出来る。


2つ:腕力による、強引な引き方が出来る事。


 簡単に言えば、引き尺を大きくする事が可能で、引き方によっては、通常よりも矢勢のある矢が射てる。

 ただ、この射を安定させるには、それなりの練度が必要だし、筋力も普通の弓よりも多く使う。


――だけどこの少女は、次の矢も的に中てる。


―――――バッシュン!!

――パァーン!!


 その矢勢に、矢野と榊󠄀原は驚いているようだ。正直、俺もそう思っている。

 2本の矢を射ち終え、その少女は俺の方を見るなり、浮かぬ表情をする。


「妾の腕前はどうじゃ? 入部は合格かの?」

「ああ、文句なしだ。いい腕だよ」


 色々と悩みどころはあるのだが、これだけの実力があるのに、それを弾く理由は見当たらなかった。


「おお! それは良かったのじゃ!」


 狐マンは突然、口角をペロっと舐めた。

 あざといわけではないが、その仕草には、単純に幼さを感じてしまう。


(その仕草はなんだろうか。無意識なのか?)


「矢取り……矢を取りに行ってきなよ」

「うむ、そうじゃな。それでは妾も、今日から部員となるのだな。ところでお主、その変な髪は切らないのか?」

「……色々とあるんだよ。狐マンの頭にも、その耳が乗っかっているようにね」


 俺は思っていた事を口に出す。少しは言い返したいと思ったからだ。


「なんと……妾の狐耳を愛でてくれるのか! お主は見所がある。気に入ったぞ!! やはり妾の目に、狂いはなかったのじゃ!!!」


(なんで………喜んでんの?)


 狐マンはご機嫌そうな雰囲気になると、道具を置いて矢取りへと向う。

 俺はその間、ショルダーバッグに入れた入部届けを取り出し、狐マンの正体を探っていた。


「ん、これだな。どれどれ」


妖狐鈴ようこすず

 1年生。入部理由―――


 その入部届けを読んでいると、矢取り道から何やら騒がしい声が聞こえてくる。だがその内容は、俺の耳には入ってこない。


 何故なら、入部届けに書いてある事が衝撃的すぎたのだ。

 俺はそれを読み終え、ある意味絶望していた。


「やべぇ………やっちまった……」


 すると矢野と榊󠄀原が、玄関から勢いよく射場に入ってくる。

 俺を見るなり、その目はまるで汚いものでも見るかのようだった。

 やめてください………


「おい、本当か先生!? そんな話、聞いてないぞ。つーか不健全だろぉ?」

「ちょっと、どういう事よ! あんた教師でしょ!? 何考えてんのよ!」

「いや……知らなかったんだよ。今入部届けを読んだからさ……」


 2人から罵られていると、妖怪巫女が矢道から、けがれのないニコニコとした表情で道場へと入ってきた。

 その光景を見るなり、矢野と榊󠄀原にむかって、火に油を注ぐような発言をする。


「な〜んじゃ。妬いておるのか? じゃが、そちらの胸の大きさではのぉ……ホレ、妾のが大きいであろう?」

「うるさいわね!! そういう問題じゃないのよ!! てゆーか矢道から入るなぁぁぁぁ!!」

「くっそぉぉ!! このチチデカ幼女がぁぁぁぁぁぁ!! 勝負しろぉぉぉ!!」


(後悔はしてないけど……きつい)


 こうして、とんだ新入部員を迎えてしまう。

 インターハイまで、残りは約1ヶ月。

 俺はその場で目頭を押さえ、1人苦悩したのだった。




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