イケメンとの約束

第64話 後藤先生様!

 今日は日曜日。部活を休みとし、俺は光陽高校を目指し、車を走らせていた。

 以前、斉藤弓雄とした約束を果たすためである。


 フロントガラス越しに見えるのは、のどかな田舎風の景色。

 田んぼが広がる、小さな土手沿いを走ってゆく。

 

「にしても、のどかだなぁー」


 つい数日前、妖怪巫女が入部した事により、真弓高校の弓道部に、再びあの惨劇が甦った。

 ちなみに残りの入部希望者に、入部試験の旨を伝えたところ、あっけなくその届けを辞退した。


 それはそれで一つ問題は解決されたのだが。

 あの妖怪巫女の魔術は、すさまじいものである。

 例えるならば、それは呪い……


(駄目だ……今思い出すのはよそう)


 のどかな風景に心を癒やされながら、俺は光陽高校の敷地内へと入っていく。

 どのみち、今日は学校が休みなので、俺は適当に車を停め、そこから降りる。


「へぇ。古いなりには、綺麗にされてるな~」


 光陽高校の校舎は至って普通の高校だが、その敷地は広く、ゴミ等は落ちていない。

 まあ、これが普通なのかもしれないが、個人的には新鮮さを感じている。


「一回、ガテン系の美装屋に、学校の清掃を頼んでみるか。ある意味、綺麗さを維持できるかもな」


 そんな事を考えながら、事前に聞いていた、弓道場のある場所へと向かう。

 学校の敷地に沿って歩いていると、それらしき建物が見えてくる。


「小さな弓道場に、プレハブ小屋?」


 そこから見える、こじんまりとした弓道場。

 その隣には、大きめのプレハブ小屋が設置してあり、何やら配線が、外の電柱から引き込まれていた。

 プレハブ小屋に近付き、窓から小屋の中を見てみる。

 窓越しから見える室内には、弓道FPS台が3台置いてあった。


「へぇ。さすが光陽高校だな、羨ましいな」


 どこからそんな予算が出てきたのかは分からないが、素直に羨ましいと思う。


「お〜〜〜〜い!!」


 プレハブ小屋の室内を眺めていると、後ろから誰かに呼ばれる声がする。

 声がしたほうに振り向くと、袴姿の斉藤弓雄が手を振りながら、ビニール袋を片手にぶら下げ、こちらへと走ってきていた。


「ははは!! 後藤先生様〜〜待ってました〜〜〜!」

「おお、斉藤だな」

「はぁ…はぁ…すいません。これ、良かったら先生にと思って!」


 斉藤は息を切らしながら、ビニール袋から缶コーヒーを取り出すと、俺に差し出してくれる。

 俺は遠慮なく、それを受け取った。


「はは、ありがとうな。これは今日の報酬として、ありがたく貰うよ」

「そんな!! これは、俺の気持ちなんです。受け取ってもらえただけで………俺、嬉しんです!!」


 斉藤弓雄は、光陽高校美男子ランキング1位の男だ。

 当然、女子にもモテるはずだが……


(なぜ顔を赤くしてんだ? まあ、いいけど……)


「ところで、この学校も、敷地内禁煙かな?」


 今の時代、当たり前の事なのだが、とりあえず聞くだけ聞いてようと思ったのだ。


「プレハブ小屋の裏でなら……きっと、誰にも見えないかと……」

「いやいや、別にルールを破る気はないよ。ただ、駄目元で聞いてみただけなんだ」

「そんな。俺……先生にだけは……喜んでもらいたい……」


 俺は脳内で、ある一つの仮説をたてた。

 斉藤弓雄、この男はもしかして―――


(だめだ、考えるな!!)


 ひとまず今日は、健康的な1日になりそうだと思った。


「よし! じゃあさっそくだけど、斉藤くんの射を見せてくれないか?」

「あ、はい!! よろしくお願いします!! 後藤先生様!!」


 後藤先生様か……その言葉の理由を、俺は聞かない事にする。

 聞けばおそらく、新しい世界へと導かれる事だろう。

 なぜか、そう思っている。

 

 2人で弓道道に入るなり、斉藤は道具を準備し始めた。

 射位に立つと、矢をつがえ、斜面打ち起こしで弓を引く。

 打ち起こし、素早く引き分け、会となる。


―――カシュン――

      ―――――――パンッ!


 斉藤の射形は、会の形も綺麗だし、無理に修正する部分はなさそうだ。

 俺は残心を終えた斉藤に、その事を伝える。


「そんな!? 俺、もっと見てもらいたいんです!! 後藤先生だけには……もっともっと、見てもらいたいんです!!」

「……わかった。続けてくれ」

「は、はい!! お願いします!!」


 こうして斉藤の稽古を、しっかりと見る事となった。


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