第60話『時を経て、繋げる想い』

『納射』がはじまった。

 3人が弓を引く流派は『斜面打起し』



跪坐きざ

 両膝を床につき、かかとを浮かせる。すぐ立ち上がれるような姿勢で、正座をする事。



 俺は射位で、執弓とりゆみの姿勢のまま、跪坐きざをしている。

 射場の床に対し、弓を鉛直に立て、身体の中心センターラインで構える。


 構えた弓に対して。向かって左側にある弦に対して。

 外側から右手を添え、時計回りに半回転させる。

 そこから、右手に持つ矢を、弓の弦につがえ装填た。


 左手のみで弓と矢を支え、右手を腰に添える。

  

 立ち位置が『中』の本城は、跪坐きざの姿勢で、俺と同じように待機していた。俺は『落』の位置から『大前』に立つ武田の射を見る。


 武田は弓を構え、手の内を作っている。

 そこから的側に顔を向け、控え目に打ち起こす。

 ゆっくりと弓を引き分け――会へと入っていく。

 伸び合い―――離れ――


――カシュンッ―――――

       ―――――――パンッ!


 矢所。射った矢は、的心に刺さっている。

 両腕が真っ直ぐに伸びたまま――残心。


 武田が射ち終わると同時に、本城は跪坐きざの姿勢からゆっくりと立ち上がり、的に顔を向けた。


 足踏み――胴造りをして、正面を向く。

 手の内を作り――弓を握る。

 的に顔を向けて、弓構え。

 引き尺は大きく、弓を打ち起こす。

 そのまま一気に引き分け――会へと入る。

 伸び合い―――するどく離れ――


―――――――――カシュッ――

――――――パァンッ!


 矢所は的心。


 本城は執弓とりゆみの姿勢になり、的に体を向け、後ろ向きで本座へと戻り、武田と立ち並ぶ。その2人の視線は、俺を見るなり、少し目が笑っているようだ。


(おいおい……まじかよ………)


 圧倒的プレッシャー……。だが――

 そんな事を考える間には、身体が勝手に動いていた。


 右手を矢をつがえた場所に添え。

 跪坐きざの姿勢からゆっくりと立ち上がる。


 正面から矢筋をなぞるように、視線と顔を的に向ける。

 左足――右足の順に足踏みをし、姿勢を整えていく。

 正面へと向き直り、重心の位置を固定。

 左膝の上に弓の下部を乗せる。

 そこを支点に。左斜め前に弓を構える。


 目を閉じ、集中する。

 次に目を開けた時、その世界は、一つの霞的と自分のみ。

 無音の世界が、心を落ち着かせる。



 狙うは的――否――『的心』


 弓構え。弦に右手を添え、顔を左に向ける

 打起し。弓を持ち上げ、矢と体を並行に

 引き分け―――会へと入り――狙う


 矢摺籐やずりとうの先に視えているもの

「直径、72mm」の的―――さらに狙いを絞る

「直径、10mm」の的―――狙え――てる


 伸び合い――弓を押し、弦を引っ張る――

 左右の力は、右頬に添えた矢の延長線―――

 

―離れ―――

   ――――――――カシュンッ!!―――



 握っていたはずの弓が、矢を放った直後、その場で大きく円を描くように回転『弓返り』をする。その弦は、左手の甲を叩きつけた。


 弦から飛び出したその矢は、風を切り裂くような矢風を鳴らし、真っ直ぐに的へと飛んでいく。


 そして、まるで的に吸い込まれるように、その的を貫いた。


――――――――――パァ――ンッ!!――


 風船が割れるような音―――その矢は――的心を捉えていた。


 残心を終え、執弓の姿勢。

 体を的に向け、摺足で後退する。

 3人揃って、ゆう


 アリーナの観客は、みんな椅子を立ち上がり、騒いでいるようだ。

 だがその声は聞こえてこない。

 聞こえるのは、本座で騒ぐ、武田と本城の声だけだ。


「フン…恥をかかせてやろうと思ったが、当てるとはな。つまらん」

「クッハッハ!! すげぇなお前ら!! 全部的心じゃねぇか!!」

「おいおい、まだ射場に居るんだぞ? まあでも、別にいっか……」


 今の俺達の中に、リーダーはいない。

 それゆえ、その声がアリーナに聞こえる事はない。


 俺達は射場から退場すると、控え室へと戻る。

 もう少しで、俺達の意識はこの場から現実世界へと戻るだろう。


――だけど、今この時だけは。


「クッハッハ!! おい智、葵!! 来年の矢渡しも、俺達で引いてしまうかぁ、どうよ?」

「フン……それも面白いかもしれん。今度こそ恥をかかせてやる」

「おもしれぇな!! でも俺は絶対外さねぇよ。智のほうが、恥かくんじゃねぇか?」


 そう、俺は外さない。

 何度でも、次に繋げてみせる。

 なぜなら、この場にいる俺は。



――『弓の使い手』なのだから―――――

          


――こうして――

 高校弓道選抜大会は、無事に幕を下ろす事となる。

 俺はこの時の気持ちを、素直に喜んでいた。

 かつて『弓の使い手』として呼ばれていた、この感覚を。


『時を経て、もう一度繋いだ、この気持ちを』


【第1部―完―】

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