第59話 坐射

〈弓道場内、控室〉


――納射のレギュレーション――


・感覚Lvー現実

・身体能力Lvー現実

・使用する道具ー旧競技方法と同様

・矢の本数ー1本のみ


 ゆっくりと目を開けると、そこは弓道場の控室だった。

 射場に隣接している控室から、周囲の風景を確認する。


 アリーナの観客席側を見ると、大勢の人々が納射を待ちわびている様子が見える。テレビ中継らしきカメラも回っている。


(まるで、本当にアリーナの中にいるようだ……)


 体を向き直し、的が設置してある安土側、的場を見てみる。


 そこには、丸い形をした的『霞的かすみまと』がある。

 的の直径、三十六センチ。

 的心の大きさ。直径、七.二センチ。


 一般的に『的心てきしん』と呼ばれるその中心部分は、白い円形である。

 弓道着姿で前に立っている、本城に声をかける。


「なぁ。このレギュレーション、リアルすぎないか?」

「そりゃそうさ!! アリーナの状況をリアルタイムで再現してんだって!! ウチの選手から話を聞いた事があるけど、これは緊張するな〜外したらごめんな!!」


 本城はそう言うが。心のどこかでは余裕を感じているようだ。

 昔からそうだ、こういう時は大体的に中ててくる奴だからだ。


 一方武田はというと、やはり緊張している様子だった。

 本城がその様子を見て、声をかける。


「なんだ武田、久々だから緊張してんのか?」

「ああ……懐かしくてな。でも心配はいらん、大前の仕事はする」

「お、いいねぇ。そしたらよぉ! 葵はプレッシャーだなぁ〜!!」

「おいおい……まじかよ……」


 武田が仕事をすると言った時は、やはりこいつも中ててくる時だ。なんだかんだ話をしながら、俺は学生時代を思い出していた。


(まさか、またこいつらとチームを組むなんてな)


 つい先ほどまでは、インターハイの出場権を争った関係である。

 だが今この時だけは『チーム』だ。


 すると突然、武田が面白い事を言う。

 その言葉に対し、本城は返事を返す。


「もしこの時代、俺達がチームを組んで戦ったとしたら。今の世代に勝てるだろうか?」

「どうだろうな〜。でもさすがに、現役世代には勝てないだろ!」


 仮想空間に来ていた係員が、俺達3人に納射の準備をするように合図をする。


 白い弓道衣、黒い袴、白い足袋。

 右手には茶色い弽。

 左手には和弓。


 右手には一本の矢を握っている。

 武田を先頭に、射場の入口前へと向かう。


「入ります」と、武田が俺達に声をかけ、静かに返事をする。

 武田、本城、俺の順に、射場へと入っていく。摺足すりあしで射場を歩き、用意されている椅子へと座った。



 椅子から立ち上がり、数歩進めば『本座ほんざ』と呼ばれる、ゆうをする場所。さらにそこから数歩進めば『射位しゃい』と呼ばれる、矢を射る場所がある。



 納射の体配は『坐射ざしゃ

 立の順番は、こうである。


1番——大前 二ノ宮高校「武田たけだ さとる

2番——中  光陽高校「本城ほんじょう あきら

3番——落  真弓高校「後藤ごとう あおい


(このメンバーって……そうか。高校1年生の時、冬にあった新人戦の試合と同じだ……)


 俺の正面に映るのは、的場に設置された3つの丸い霞的。

 それと、同じように弓道着に身を包んだ、武田と本城だ。


 静寂な空間―――凛とした空気――

 そして納射開始の合図―――


 俺達は椅子から静かに立ち上がると、執弓とりゆみの姿勢となる。

 本座で3人揃って揖をしたあと、射位へと摺足すりあしで前進した。



執弓とりゆみ

 左手に弓を持ち、右手には矢を持った状態で、両手を腰に添えた姿勢のこと。



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