第58話 3人のおっさん

『只今の結果をお知らせします。今大会、高校弓道選抜大会、男子の部につきましては、光陽高校の〈優勝〉が決定いたしました』


 激しい激闘の末、男子の部、決勝戦の試合が終わった。

 アリーナ席から観戦していた俺は、その椅子を立ち上がると、近くで試合を見ていた、真弓高校の問題児達に声をかける。


「閉会式の事で、ちょっと打ち合わせに行ってくる」


 弓道競技において、閉会式の直前に行われる行事がある。


 それは通常『納射』と呼ばれるもの。

 簡単に説明するならば、大会の優勝者が、射場から的場に向けて矢を射る事だ。


 試合開始前に行われる行事『矢渡し』

 試合終了後に行われる行事『納射』となる。


 矢渡しが安全祈願とするならば、納射はお礼参りのようなものだ。

 従来の場合、その試合において、個人戦の優勝者が行う事が多い。

 もちろん、納射で誰が弓を引くのかは、試合によって違ったりもする。

 時には高段位の弓道家が引く事もあり、その理由は矢渡しと同じになる。


 まれに、竹弓を持ち、ヨボヨボの老人が、ヨボヨボと引く時もある。

 高段位の人はいえ、芸術的な射とは、よく言ったものだ。


(笑いを我慢するの……大変だったなぁ……)


 ただ、変革した競技法では個人戦はない。そのため、団体優勝校の顧問同士が話合い、どの学校が『納射』で引くのかを決める必要があるのだ。

 ちなみに、試合開始前の『矢渡し』に関しても同等である。


 俺は打ち合わせ場所である、本大会の本部へと向かった———



 大会本部についたところ、光陽高校の顧問である本城と、二ノ宮高校の顧問である武田の姿があった。

 椅子に腰掛け、何やら2人で話をしている。


 この部屋は簡易的な作りをしていて、折りたたみ式の机と、パイプ椅子が複数並べてあるだけだ。

 後はノートパソコンが数台あるだけで、特にそれといった特徴はない。


「真弓高校の顧問である、後藤です。打ち合わせに来ました」


 俺は内心、真弓高校で納射をする気はない。

 その理由は、体配を教えてないからである。


 体配を知らないものが、いい加減な弓を引くのも、申し訳ないと思うからだ。

 俺は、それを理由に、真弓高校で納射はしないと伝えたところ、とんでもない返答が返ってきた。


「今回はですね、顧問の先生方に、弓を引いてもらおうと思っているんですよ」

「え……そんなイレギュラーな事、あり得ます?」


 大会本部の責任者らしき人物が、なぜその結論に至ったのか、説明してくれた。


 今回決勝戦で勝利した両校の顧問は、弓道経験者であること。

 そして準決勝まで勝ち残った学校の顧問も、同じ同期である事から、それは面白いんじゃないか。という結論に至ったらしい。


(ちょっと、メディアを気にしすぎなんじゃねぇか?……)


 パフォーマンスが必要なのは理解できなくもないが。

 それは少々、強引すぎやしないかと思ってしまう。


 本城と武田に、どう思っているか聞いてみたところ、面白いからいいんじゃないかと、そう言っている。


「面白いって……おっさん3人が弓引いてるのを見て、楽しいか?」

「絶対楽しいって!! 久々に、俺も弓を引きたいしな。武田も乗り気だぜ! なぁ、そうだよな?」

「…………部員達に、俺の威厳を示す必要があるからな。悪くない」


 多数決により、なぜか俺は納射をする事となる。

 打ち合わせを終えたところで、少し体配の練習をするため、早めに招集場所へと向かう。

 それもいい歳こいた、おっさんが3人同時にだ。


「なんだよ? 本城と武田も、練習すんのかよ?」

「ぶっつけ本番ってのは、さすがに自信ないからな!」

「フン……負けた腹いせだ、俺は当てるぞ。せいぜい外して恥をかけばいい」


 アリーナの廊下で肩を並べ、3人のおっさんが歩いている。

 自分だけ外したら——。なーんて、俺は考えていた。

 誰がどこに立つのか? そんな話をしながら俺達は、試合会場の廊下を歩いていたのだった。



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