第57話 認める強さ

 試合が終わり、アナウンスが流れる。


『只今の結果をお知らせします。今大会、高校弓道選抜大会、女子の部につきましては、真弓高校の〈優勝〉が決定いたしました』


「オオオオォォォォォ!!」

「すげぇ!!! すげぇぞ真弓高校!!!」

「キャーーー!! シビアな猫ちゃんも素敵〜〜!!」


 試合の結果を見届けた俺と本城は叫ぶのを辞める。

 そして互いに向き合うと、握手をかわした。

 その時の本城は、過去の主将としてじゃない、光陽高校の顧問として。

 そして俺は真弓高校の顧問として。


 その手を強く握りあった。


「やるじゃん。正直、ウチが負けるとは思わなかったぜ? でも、"弓の使い手"とするには、まだまだ遠いな〜」

「はは、なんだよそれ。実際、俺の通り名なんて、どうでもいいんだよ。そんな通り名……なくてもいいくらいだ」

「そうか? まぁ、次は負けねぇからな!」


『弓の使い手』それはとある昔、ある人から託されたものである。


 だがその終着点は、俺にとって苦い思い出であり、その真実を知るものは少ない。

 それに、問題児達がインターハイの出場権を獲得したのは、あの少女達が努力した結果であると、俺は考えている。


 だけど、もし今だけ自分勝手になれるのならば。

 その少女達は、かつて『弓の使い手』と呼ばれた弓道家の、弟子なのかもしれない。


「さぁ、戻ろうぜ葵! 教え子達が待ってるぜ?」

「そうだな。行こうか、晃」


 俺達は、2人揃ってアリーナ席を去る。

 招集場所へと戻ったならば、号泣する光陽高校の弓道部員を、真弓高校の弓道部員が慰めていた。


――藤原、矢野、妹尾、そして駆けつけた榊󠄀原。本当に、よく頑張ったと思う。


 弓道競技において、戦った相手を認める事も、強さの一つである。

 その理由は、全国大会へと出向いたとき、そこでは県を代表する者として、同じチームとして戦う仲間となるからだ。


 だけど今はまだ、それを語る気はない。

 何故なら気づいてほしいからだ。

 自分自身で気がつくのも、時には必要である。

 俺はそう、考えている。


「やれやれ、だけど困ったものだな」

「ん? 何が困ったんだ?」

「それはだな―――」


 俺達は、その光景を眺めながら、懐かしむように話をした。


 触れ合う選手達を眺めながら、顧問という立場になり、見る世界が変わった事。

 それも一つの面白さがある事に、俺は気がついたのだ。


 俺の心は、もう冷たくない。


 この気持ちは一時的な事なのか、はたまたこれから熱くなるのか。

 それはまだ、正直分からない。


 だけど、俺はそんな自分の心を、信じてみようと思う。


(顧問になっても、弓道って楽しいんだな。ありがとうな、それに気がついたのは、みんなのおかげだよ)


 晃と分かれたあと、教え子達が俺のもとに、小走りで駆け寄ってきた。


 なんだか、とっても嬉しそうな笑い顔でな———


「クックック、勝ったぞ、優勝だ!! これは宴が必要だな。そうであろう? そうであろう!」

「藤原先輩、さすがですわ!! わたくしも、もっと練習しないといけませんわね〜。頑張りますわ!!」


「ちょっと……手を握らないで!!! あんたと仲が良いみたいじゃない!」

「別にいいじゃん。今だけだって!! 次はあたしも活躍するぞぉぉぉ!!」


「みんなお疲れさま。また、美味しいもんでも食べに行こう。当然、俺の奢りでな!」


———『はい! 後藤先生!!』———


 こうして、高校弓道選抜大会、女子の部。

 決勝戦は、無事に試合を終えたのだった。


 だが、その時の俺は、まだ気がついていなかった。

 別に、悪い話ではないのだが。

 まさか俺があんな目にあうとは……思いもしていなかったのだから……





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