第51話 かつての主将、狼犬の本城

 高校弓道選抜大会、2日目。

 どうやら、今日の天気も晴れのようだ。


 現在時刻は6:45。

 俺と部員達は、少し早めにアリーナへと到着していた。


 駐車場に車を停めたあと、眠そうにしていた部員達は、ひとまず専用のブースへと向かったようだ。

 まだ朝が早いためか、停まっている車は少ない。


 俺は受付けで出場する選手の変更手付きを済ませたのち、相変わらず例の場所にいた。

 昨日まで灰皿にあった煙草の吸い殻は、綺麗に掃除されている。


 そして早朝にも関わらず、アリーナの入口付近では、テレビ局の人達がカメラに向かい、今日の試合についてリポートしているようだ。

 なにせ、今日は高校弓道選抜大会の決勝戦の日。

 テレビ局の人達も、気合いを入れているのだろう。

 仕事とはいえ、朝早くから大変だろうと思う。


 試合は昨日と同じ流れで、女子の部からスタートする。

 そして男子の部は、その後に行われる。

 ただし、2日目は時間的に余裕があるので、女子決勝戦の始まりは遅い。

 それが終わっても、少し時間があいてからの男子決勝戦だ。


 ちなみに、決勝戦まで残った、それぞれの学校はこうだ。


――女子の部――

真弓しんきゅう高校高等学校」

光陽こうよう高校高等学校」


――男子の部――

二ノ宮にのみや高校高等学校」

「光陽高校高等学校」


 まだ女子の決勝戦開始までには、しばらく時間がある。

 自動販売機でホットのブラックコーヒーを買うと、俺は灰皿の横へと立つ。

 カートリッジにタバコを装填しようと思った矢先、こちらへと歩いてくる人影が目にとまった。


 光陽高校の顧問、本城晃ほんじょうあきらと、その弓道部員達だった。

 おそらく選手以外の部員だろう、皆制服姿のようだ。


「晃………」


 数名の部員達の先頭を歩いていた晃が、俺の姿を見るなり、部員達を先に行かせ、こっちに近付いてきた。

 部員達は去り際、皆俺に挨拶をしていく。晃が顧問をしているだけあり、キッチリしていると思う。俺もそれぞれに挨拶を返した。


「へへ、ついにこの日が来たな、葵!!」

「……そうだな」


 相変わらず、さわやかな奴だ。

 そんな事を思いながら、俺はカートリッジにタバコを装填した。


「へへ! 今までの試合、見てたぜ!! 葵……俺に、勝てる気でいるか?」


 俺はタバコを咥えず、それを手に持ったま、少し考えたのち、こう答えた。


「違うだろ、戦うのは俺達じゃねぇよ……選手達だろ?」


 以前の俺ならば、違う言葉を選んでいただろう。

 その言葉を聞いた本城はさわやかに、懐かしむように楽しそうに笑う。

 

 そして笑い終えるなり、その目付きが獣のように鋭くなり、突然声が低くなる。

 その声は……昔の主将時代の晃、そのものだった。


「少し目が覚めたようだな、後藤葵!! そんなお前だからこそ、こっちも本気になれるってもんだ!!」

「なにが本気だよ、今までも手ぇ抜いてなかったろ? 寝言は寝ていえ」

「クッハッハ、言うじゃねぇか! 2ヶ月前とはえらい違いだなぁ! "弓の使い手"さんよぉ!!」


 晃は、人が変わったかのように、目付きと雰囲気が変わる。


 その目付きは、まるで獣。

 その雰囲気はまるで、狼。


「本性を出したな、本城晃……いや、"狼犬ろうけんの本城"!!」


 本城は試合中、勝負どころで的を獲物のように睨みつけると、それを外す事はなかった。

 その事からついた通り名だ。


「行けよ本城。争うなら、弓道でケリをつければいい」

「クッハッハ! 久々に聞いたぜその言葉ぁ!! お前が本当に“弓の使い手“に相応しいか、楽しみにしてるぜぇ!!」


 そう言うと、本城は笑いながらその場を立ち去った。

 俺は吸わずしてそのタバコを捨てると、新しいタバコを装填し、口に咥えた。


「フゥゥゥー……」


 俺はただ、その白い煙を吐き出しながら考えていた。

 決勝戦の相手は、一筋縄ではいかないだろう。

 相手は、あの本城が教えた選手なのだから。


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