第47話 おばあちゃんとの約束

 榊原のお婆さんを案内してくれた、赤色アフロと黄色モヒカンは、そんじゃあとその部屋から出ていく。

 矢野も何かを察したのか、そのガテン系の2人と一緒に、部屋から出ていった。


 榊󠄀原が座るベッドの隣には、車椅子に乗ったお婆さん。

 俺と青色モヒカンはそこから少し離れた、背もたれのないパイプ椅子へと、隣り合わせで座っていた。


 榊󠄀原がベッドから降りようとすると、そのお婆さんは優しい声で、それを止めた。


「いいんだよ、そこにいて。無理をするんじゃないよ。あんた高いところから落ちたんだ、痛いはずさね」

「お婆ちゃん……あれはね、仮想空間って言ってね」


 白いベッドの上に座っている、その金髪の少女は、お婆ちゃんに弓道の事を説明している。

 その姿はとても一生懸命で、そして健気で。

 その少女の話を聞きながら、その優しいお婆さんは所々で相槌を打っている。


 準決勝を勝ち抜いた事により、入賞は確定している。

 どこかその少女は誇らしげに、そして自慢げな表情だ。

 そして同時に、やりきったような表情だった。


 一通り話を聞き終えたそのお婆さんは、ゆっくりと口を開いた。


「入賞したって事は、もうお婆ちゃんとの約束は、果たせたって事さね。でも、舞は本当にそれでいいのかい?」

「それでって…わたし、入賞したんだよ? それは確かに、途中で退場しちゃったから、それはちょっと……アレかもしれないけどさ……」

「そうだね~じゃあ入賞したら、もう舞は弓を引かないのかい?」

「それは、引くけど……」


 そのお婆さんの言葉に、舞はなぜか、言葉を詰まらせた。

 その少女の目は、膝の上に置いてある両手を、じっと眺めている。

 その両手にお婆さんはそっと、優しく手を添えた。


「お婆ちゃんはね、嬉しいよ。時間はかかったかもしれないね。でも舞は、ちゃ〜んと、約束を守ってくれたからねぇ」

「うぅ……うぅ……」


 そのお婆さんの言葉に、舞は下をうつむいたまま、ポタポタと雫を落としている。

 優しく添えてある、お婆さんの右手が徐々に濡れていく。


「こんなにも、ボロボロになっちゃって。ほんと、いつからだい? 誰かのために、頑張れるようになったんだい?」

「うぅ……くうっ……くううぅ……」

「今の舞なら大丈夫、もう、弓から目を背けたりはしないさ。だからね? これからは、もう好きなように弓を引きなさい」


 そのお婆さんの言葉に、少女は大粒の涙を流し、泣き叫ぶ。


「うわぁぁぁぁん」


 その少女は溢れる涙を抑えきれず、そのままうつ伏せとなる。

 そしてお婆さんは、泣きわめくその少女を両手で、優しく抱きしめた。


 優しく――そして力強く――


 俺は当初、ある邪推をしていた事がある。

 だが俺は今、その事を反省している。

 お婆ちゃんに認めてもらいたいという、純粋な気持ち。

 だが、現実は厳しかった。

 

 上手くいかない自分に、結果が出せない自分に情けなくて、悲しくて。

 でも俺と出会い、もう一度挑戦しようって、今度はうまくいくかもって、そう思ったんだ。そんな事も知らず、俺ってやつは。


(生まれ変わる必要があるのは……俺の方じゃねぇか……ダセェな……)


 隣から、涙をすする音が聞こえてきたので、そちらに視線を向けた。

 青色モヒカンが、目と鼻から何かをこぼしている。何かを必死に、こらえているようだ。


(こんな時に……そんな顔すんなよ……)


 2人へと視線を戻したとき、俺はお婆さんの左手には、傷がある事に気がついた。

 そのお婆さんの左手親指には、大きく擦れたような跡があったのだ。

 それも、親指の付け根から、指先にかけてだった。


 その傷は、昔弓を引いていた事を表す、お婆さんの過去なのかもしれない。


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