第46話 筒野の言葉

 招集場所へと戻った俺は、榊󠄀原の事を係員に訪ねていた。


「え? 運ばれたんですか?」

「そうなんですよ、試合が終わってすぐに、医務室へと移動しました」


 係の人の話によると、試合終了後も体に激痛を訴えたそうらしい。

 仮想空間上での出来事だし、痛みが残る事はまずないだろうとのこと。

 矢野と藤原も、弓道FPS台から戻ってきて、すぐに医療室へと向かったらしい。


(大丈夫だとは思うけど、心配だな)


 俺もすぐさま医療室へ行こうかと思っていた矢先、二ノ宮高校の選手である筒野が、喋りかけてきた。


「急いでいるところ、ごめんなさい。矢野の事で、ちょっと教えて欲しいの」

「教えてほしい? 何をだ?」


 すると、矢野には内緒にしといてくれと言うので、ひとまずそれを了承した上で、筒野は語り始めた。


「矢野はね、誰かに対して、敬意を示すような奴じゃないの。あの矢野に対して、どんな魔法を使ったの?」

「魔法って言われてもなぁ……まぁ確かに、最近は少し、接しやすくはなったけどな〜」


 少し考えてみるも、これといったキッカケは特に思いつかなかった。

 しいて言えば、オニギリかな?


「そうなのね……ありがとう。急いでいるのに、申し訳ないね」


(この筒野って少女、最初会った時と、えらい雰囲気が違うな。あれが茶番劇だったとしても、あの演技力はすげぇよな)


 俺はバックの中を見てみると、もう一つだけオニギリが残っていたのを見つける。

 場を去ろうとする少女を呼び止め、そのオニギリを手渡した。


「もしかしたら、そのオニギリがキッカケかもしれない。少し形は変形しているけど、味は問題ないと思う」

「これを、私に?」

「ああ、まぁ食ってみ。口に合わないなら、処分は任せる」

「そう……わかったわ」


 じゃあと言って、その場を後にし、俺は医務室を目指した―――



 アリーナの一階にある医務室へと向かうと、ベットから起き上がり、矢野と会話をしている、元気そうな榊原の姿があった。

 榊󠄀原は俺の方を見るなり、ニッコリと笑う。


「聞いたぜ先生! 勝てたみたいだな!!」

「ああ、みんなのおかげでな、お疲れさん。そういや、藤原はどうした?」

「ああ、藤原先輩なら、あたしが大丈夫だとわかった途端、どっかに行ったよ」


(そうなのか……もう少し心配する様子があってもいいと思うのだがな)


 ふと榊原が、ベットの横に座っている矢野を見るなり、ニヤニヤし始めた。


「そういえば聞いたぞ〜矢野、最後泣いてたんだって?」

「はぁ……何を言うかと思えば。少しは進歩したらどう?」

「わかったわ…………」


 その言葉に反応した矢野の目が鋭くなる。

 やってきました例のパターン。


「おい…バカにしてるだろ! この仮病ビッチがぁぁぁぁ!!!!!」

「はん!? 何が進歩だよ、偉そうにしやがって、10年早いわぁぁぁぁ!!!」


(あーほらみろ。医務室の先生が困惑してんじゃねぇか)


 とりあえず、榊原が元気なのは良くわかった。

 だが、今日は準決勝までなので、明日に備え早く撤収したいところだ。

 アリーナの近くにある宿をとっているので、今日は全員でそこに泊まる予定だ。


 俺はどうなだめようか言葉を考えていると、医務室の扉が開いたので、視線をそちらに向けた。

 ガテン系の2人の男が入ってくる。

 汚れた作業着を着た、赤色アフロ、黄色リーゼント頭だ。


 揉めていた矢野と榊󠄀原が、何事かと静まり返る。

 医務室の先生も、顎が外れなそうなくらい口を開けていた。

 俺は特に問題ないので、赤色アフロに医務室に来た理由を聞いてみる。


「おおーお疲れ様。どうしたんだ?」

「後藤さんじゃないすっか! さっきぶりっすね! 医務室に行きたいっていう人がいたもんですから〜案内してたんすよ!! そこの金髪の姉ちゃんに、お客さんっすよ!!」


 赤色アフロと黄色リーゼントが、ニコニコしながら廊下に居る誰かを呼んでいる。

 そして廊下からは、車椅子に乗った白髪のお婆さんと、その車椅子を押す、青色モヒカンが入ってきた。

 そのお婆さんの姿を見るなり、榊󠄀原は驚いたような様子で声をあげた。


「おばあちゃん……」


 榊󠄀原の姿を見て、安堵したような声でそのお婆さんは答えた。


「舞。入賞、おめでとう」


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