第41話 武田が背負うもの

 男子の部の2回戦を終え、試合会場はしばし昼休憩となる。

 相変わらず俺は、喫煙場所で1人煙を吹かしていた。


「フゥゥゥー……」


 次は準決勝戦、その対戦相手は『二ノ宮高校高等学校』つまり武田が顧問をしている高校だ。

 相手の流派は斜面起し。この試合は一つの山場だと考えている。なんだかんだ言って、実力はあるからだ。


 試合の様子を見ていても、それは伝わってきた。特に相手のチームリーダーである選手だ。

 あの選手は、全国レベルの腕だと思う。おそらく光陽高校のリーダーである「上杉まお」や、真弓高校の「藤原」とも肩を並べるだろう。

 俺はふと、視線を横に向けた。


「ん……お前は」


 俺は煙を吐きつつ、近付いてくる男に警戒する。

 着物のような紺色の袴姿、武田だ。

 俺の姿を見ても、無表情のままだが……

 そして隣に立ったならば、武田は電子タバコを取り出した。


 少し前に会った武田とは、なぜか雰囲気が違う。

 武田はタバコを口に咥えると、ゆっくりと煙を吐き出した。


「懐かしいな……こうやって立ち並ぶのも、久々だ」

「……そうだな、高校の時以来だ」


 モクモクと白い煙が、空へと立ち昇り、消えてなくなる。

 色々と思うところはあるが、今は静かに、煙を体内に補充していく。

 武田は懐かしそうにしつつ、口を開いた。


「なあお前。どうして弓道部の顧問になったんだ?」


 その言葉は俺にとって、意外なものだった。

 今この時だけ、込み上げてくる怒りが少し収まっているように感じる。


「キッカケは、ある約束からだよ。でも今は、悪くないと思っている」

「へぇ、なるほどな。でも正直驚いたぞ。まさか本城だけでなく、お前まで顧問をしているなんてな」

「だろうな……」


 カートリッジから吸い殻を取り外し、新しい煙草を装填する。

 武田も同じように、新しい煙草を装填した。


「本城からお前の事は、よく聞いてたからな。よくもまぁ、ズケズケと顧問になったもんだな」

「……………」


 その言葉の返しに、俺は詰まった。


(顧問になりなくて、なったわけじゃねぇけど……勝ってほしいって気持ちは、あるんだよな……しかし、武田も変わったな)


 武田も昔から顧問をしている事もあり、本城とよく話をしていたのだろう。

 昔は最低な奴だったとはいえ、歳をとれば多少見方が変わるのはよくある事だ。

 ましてインターハイの出場権を争う関係にもなると、会話も増えるのだろう。


「フン。まったく、こちとら迷惑な話なんだよな」


 その言葉はどういった意味を持つのか、俺には分からなかった。

 真弓高校をライバル視しているのだけは伝わってくるが……


「うるせぇよ……武田だって、昔と比べると、随分変わったじゃねぇか。茶番劇まで演じでよ」

「フン……お前には分からんだろうよ。教える気もねぇけどな」

「別に、聞きたくもねぇよ」


 武田は吸い殻をゴミ箱へと捨てると、何も言わずその場を立ち去った。

 俺はその後ろ姿が小さくなったのを確認してから、吸い殻をゴミ箱に捨てる。

 そろそろ昼休みも終わる頃だろう。俺は招集場所へと向けて、歩き出す。


「ん? あれは」


 はるか先を歩く、武田の後ろには3人の少女。

 おそらく二ノ宮高校の選手だろう。

 袴姿である3人の少女は、武田の後をついて行くように、静かにアリーナへと向かっていた。


 武田は昔、他校の生徒を引き連れては、試合会場をチョロチョロとしていたのを覚えている。

 だがその光景は、別のものに感じた。


「そうかよ、上等だよ」


 俺の心に、ある気持ちが芽生えた。

 それは怒りなどではなく、勝ちたいと思う気持ちだ。

 何故ならば、選手の前を歩く武田のその後ろ姿は、二ノ宮高校をまるで背負っているかのようにして、見えたのだから。

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