第40話 痛いイケメン

 その男の射を見て、妹尾が目を見開いていた。

 射形を気にする妹尾の目にも、綺麗に見えたのだろう。

 その男は巻藁矢を抜くと、フッと決め顔をする。

 白い歯をみせると、それはキラリと輝いた。


(なんだこの男、痛いぞ?)


「どうだい、俺の正面打ち起こしは? 美しいだろ?」

「………あなた、光陽高校のリーダーですよね? 正面打ち起こしのほうが、射形が綺麗ですけど、それはどうしてですの?」


 確かにこの男の射は『正面打起し』のほうが綺麗だと思う。『斜面打起し』のほうが、どちらかといえば荒く、力強い射だからだ。

 試合中と巻藁練習、といった違いはあるが……

 俺は射を比べ、その大きな違いに気がついている。

 妹尾はまだ、分かってないようだが。


君の矢は俺のハートを貫けず……」


(痛いってもんじゃねぇ……完全に自分の世界に入り込んでやがる)


 その短歌に、妹尾は眉をピクリとさせ、何こいつ? といった表情となる。

 まあ、そうなるわな……


「そんなに怖い顔をしないでくれよ? 可愛い顔が台無しだぜ? エンジェル」

「あなた……喋らないほうが、カッコいいんじゃありませんこと?」

「ガーーーーンッ!」


 酷くショックを受けているようだな。

 その男は言葉を聞いた途端、その場にしゃがみ込む。


「ま…まぁ、そう落ち込むなよ。光陽高校のリーダーさん」


 その男は瞬時に立ち直ると、カッコよさそうな角度に身体を向け、自己紹介をし始めた。

 その表情は、爽やかな笑顔だ。


「俺は、斉藤弓雄さいとうゆみお。光陽高校の、美男子ランキング1位の男だ」

「……わたくしは、妹尾沙織と申します。ですが、それがどうしまして?」

「ガーーーーンッ! 俺の笑顔が……当たらないだと!?」


(こいつは、何をしに来たんだ? もしかして、妹尾をナンパしようとしているのか?)


 妹尾が呆れた表情でため息を吐くと、もう一人、光陽高校の選手が巻藁場へと歩いてくる。

 この男を見つけるなり、近付いて来た。


「斉藤ちゃん、次の試合がそろそろだぜ? 早く戻ろうぜ」


 黒髪で、この男も短髪でイケメンだ。

 ショックで放心していたであろう斉藤が、再び瞬時に立ち直る。


「ああ…松岡か……ありがとう。心の友よ……」

「斎藤ちゃん、なんでそんなに落ち込んでんだ? ああ、そうゆう事か」


 松岡と呼ばれたその男は、俺を見るなり、納得した表情となる。

 斉藤の肩をまあまあと叩き、慰めているようだ。


(俺? 妹尾だろ? 何勘違いしているんだ?)


「ほら、いつも言ってるじゃん。回りくどい事をするから、痛い目合うんだよ」

「そうか。やはり、そうだったか……」


 松岡と言う男は、妹尾に申し訳ないと謝罪したのち、斉藤を連れてその場を立ち去ろうとする。

 妹尾は再び巻藁へと向かい、弓を引き始めた。

 すると、斉藤という男は、去り際にとんでもない事を言い始めた。


「後藤先生様。今度、俺の射を見てもらえませんか? その……妹尾さんの射を、見た代わりに……」

「いやいや。光陽高校の顧問である、本城が黙ってないだろ? それはまずいだろ」


 別に悪さをするつもりはないが、相手校の選手、ましてやエースを教えるとなると、問題が山積みだと思うのだが。


「本城先生は、気にしないでください。許可はもらうんで。駄目……ですか?」


(やめてくれ……なんでそんな悲しい表情をするんだよ……なんでそんなに切ない表情になるんだよ……)


「いいんじゃありません事? 相手の顧問が許可するなら、問題ないと思いますわ」

「妹尾まで……そうかなぁ?」


 俺の返事を待っているのか、光陽高校の男子達は、ズリズリと移動しながらこちらを見つめている。

 隣にいる松岡って男は、何か楽しんでいるような表情をしているが……

 まあこうなったら、仕方ないか。


「いいぞ、俺でいいなら教えてやるよ。ただし、それはこの試合が終わってからだ。それでいいか?」


 幸せそうな表情で、斉藤が微笑んだ。

 まるでその笑顔は、儚い向日葵のように。


「ありがとうございます! 後藤先生様!!俺……凄腕の弓道選手だった人からその言葉が聞けて……だから、頑張れますよ!」

「まあ……頑張ってくれ。ウチには男の部員はいないからな、応援してるぜ」

「はい!」

「つーわけで、斉藤ちゃん、早く行くぞ!! そんじゃま、そういう事なんで。お邪魔しました!!!」


 巻藁練習場に表れたのは、光陽高校のエースと、そのチームメンバーだった。

 しかし凄腕の弓道選手とは……あの男は、俺の事を知っていたわけか、なるほどな。


 再び妹尾へと向き直り、射を見る。


――――――カシュンッ!


 妹尾の放った矢は、 ピクリたりともブレていなかった。

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