第39話 巻藁練習

 試合を終え、両校の選手はその場から立ち去る準備をしていた。


 榊原が背伸びをしたあと、弓を持ち矢筒を担いだ。

 その元へ、熱血高校のリーダーである郷田が近寄ってくる。

 榊原は道具を手に持ったまま、そちらへと体を向けた。


「さっきはいい試合だった、ありがとう。あの時、お前が飛び込んでくれなければ、私は恥をかいていた」

「……お前じゃない、あたしは榊原だ。さっきのはアレだ、武士道だ!」

「武士道か……すまない。私は郷田だ。次に戦う時を、楽しみにしている」

「まぁ。そりゃあ〜その…なんてゆーか……」


 あまり、こういった会話には慣れていないんだろう。

 少し言葉に詰まっているような様子だった。

 郷田はその理由を察してか、おかしく笑う。それにつられて、榊原も笑い顔となる。

 そして互いに力強く、握手を交わした。


「ありがとう榊原、きっと、お前はいい戦士になれる」

「戦士って……ちょっと大袈裟じゃねえか?」


 藤原と矢野は先に戻ったようだ。

 これ以上お邪魔しても、なんだか申し訳ないと思ったので、俺はその場を去ろうとする。


 すると話を終えたのか、榊原が俺の方へと小走りで歩み寄ってくる。

 郷田という少女も、山王さんの元へと駆け寄ると、互いに頭を下げ、深く礼をした。


 頭をあげて、俺はその場を後にする。

 廊下を歩きながら、榊原と会話をする。


「なぁ、後藤先生、さっきの試合どうだった?」

「ん?あぁ、正直驚いたよ。いつの間に、あんな技身につけていたんだ?」

「へへ、それは秘密。でも、大変だったんだよな〜藤原先輩の指導、かなりスパルタでさぁー…」

「はっはっは、それはすごいな」


 俺の隣には、金色の髪をした少女が歩いている。

 第三者の目から見れば、ただの顧問と生徒だろう。

 でも俺は知っている、この少女が努力してきた事を。そしてその結果として、勝利できた事を。


(榊󠄀原も、成長してるな。なんだか嬉しいよ)


 一旦榊󠄀原を専用のブースまで送り届ける。

 その入口では、妹尾が弓と巻藁矢を持って俺を待っていたようだ。

 俺の姿を見るなり、妹尾は口を開く。


「腕がナマってしまいそうですの。少し、練習に付き合ってもらえませんこと?」

「ああ、いいぞ。そしたら巻藁が置いてある場所に行こうか」

「お願い致しますわ」


 どうやら、煙のチャージはおあずけらしい。

 まあ、そんな時もあるだろう。

 俺は妹尾とアリーナの裏側手にある、巻藁練習場へと向かった―――



 アリーナの1階にあるメインの入口に対して、半周まわったその場所に、その練習場は設置されている。

 複数の巻藁が設置されているが、どうやら今は俺達だけらしい。


 妹尾は矢をつがえると、丁寧に弓を引き分け、会へと入る。少し長めの会を終え、するどい離れ。


―――カシュッ


 羽のないその矢は、殆どブレる事なく、藁の塊に突き刺さった。

 慣れた手付きで刺さったその矢を抜くと、妹尾は愚痴をこぼした。


「ねえ先生、今回どうしてわたくしが、控え選手になったのですか?」

「作戦なんだよ、俺の中では、妹尾は切り札だと思っている」


 正直なところ、妹尾は技術的にもレギュラーメンバーでも良いくらいだ。

 それだけの実力は、仮想空間内でも十分あることは知っている。


 ただ、やはりトーナメントが続くにつれ、選手の能力は分析されていく。

 かくいう俺も、対戦相手の情報を集めては、藤原に助言もしているからな。


「両親が応援に来ていたなら、少し申し訳ないんだがな」


 その言葉に、妹尾は眉間にシワを寄せた。

 何も言わず、巻藁に向けて矢を射る。


――――カシュッ


 先程より、僅かに刺さった矢がブレた。


(聞いちゃいけない事だったか……)


「あんな奴らの事は、考えたくもありませんわ……」

「そうか……すまない、続けてくれ」


 妹尾が巻藁矢を抜くと、少し気まずい雰囲気となる。

 イライラしているのだろうか? 射が荒くなる。


―――カシュン


 沈黙の空間には、離れの音だけが鳴り響いていた。

 すると突然――その男の声は聞こえてきた。


「きみぃ~〜それは良く無いな~。射に気持ちが出ちゃってるよ?」


(いつの間にそこに? 妹尾に気を取られていたからか? 気が付かなかった……)


 その男の髪は青色で、顔は美形だった。

 そして袴姿に、右肩にある刺繍には『光陽高校』とある。


「……突然なんですか?偉そうに言われる筋合いはありませんわ」

「そんな事ないよ? 同じ弓道家だからね〜とりあえず俺の射を見てよ」


 そう言うと、その男は妹尾の隣にある、巻藁の前に立つ。

 持っていた弓に、巻藁矢をつがえた。

 その引き方は、正面打ち起こしだった。


(なに? 正面打ち起こしだと? この男が試合で引いていた流派は、斜面打ち起こしだったはず……)


 弓構え――打ち起こし――会へと入る。


 その一つ一つの動作には無駄がなく、視線の動かし方、引き方のバランス、どれをとってもエース級だった。


――――――――――カシュンッ


 キレのある離れに、綺麗な『残心』その男の射は、一言で言えば、美しいものだった。


―残心―

 離れをした後の姿勢、自分の心を表す意味を持つ、形の事である。

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