第35話 大柄な男

 男子の部の1回戦目が、次のブロックへとなった頃、俺は喫煙所で、煙のチャージ中だった。


「フゥゥゥーー……お、これも悪くないな」


 先ほどコンビニで買ってきた、メンソールタイプの煙草を吸っている。

 気分転換に、メンソールタイプにしてみたのだ。


 煙草を吸っていると、懐かしい奴が目の前を歩いている。

 赤色のアフロ頭をした、ガテン系の男が俺に気がつくなり、挨拶をしてくれる。


「あれ? 後藤さんじゃないっすか? お疲れ様っすよ~」

「ああ、お疲れ様。試合を見に来たのか?」

「そうなんっすよ! もう楽しみで楽しみで、昨日残業して、現場終わらせてきたんすよ!!」

「ははは、そりゃすげーな。楽しんでな!!」


 了解っすと返事をもらうと、赤色アフロはアリーナ内へと向かった。

 俺はカートリッジに新しい煙草を装填すると、吸い殻をゴミ箱へと捨てる。

 再び口に咥えたところで、熊みたいに大柄な男が俺の隣に立ち並び、煙草を口に咥えた。


(なんだこの男、やけに近いな?)


 その男は煙草に火をつけ、煙を口に含んだのち、一気に吐き出した。


「ウマイですね」

「そうだな、共感するよ」


 思わずその男の言葉に、返事を返す。

 建設現場では良くある事なのだが、どうやらその感覚は、こうやって今でも身についているらしい。


「貴方は、顧問の先生でありますかな?」

「ええ、そうです。貴方も、顧問の先生ですよね?」

「ええ、そうですとも」


 その喫煙所には、灰皿を挟むようにして、煙を吐く2人の男。

 なぜか、沈黙のキャッチボールを続けていた。


 互いに2本目の煙草を加えると、再び会話が生まれる。

 なんとも不思議な時を過ごしているようだ。


「熱血高校です……私が顧問をしている、学校の名前ですよ」


熱血ねっけつ高校か、この熊みたいな大柄の男は、次の対戦校の顧問だったのか)


「俺は……真弓高校の顧問です」

「やはり……そうでしたか。縛ったその長髪が、印象的でしたので」

「なんだっていいですよ。この場所に、敵も味方も関係ありませんしね」


 吐いた白い煙が、モクモクと立ち昇っては、すぐに消えて見えなくなる。

 残るのは、臭いだけだった。

 その男は吸い殻をゴミ箱に捨てると、体内に残っていたであろう、最後の煙を吐き出す。


「それでは、私はこれで失礼しますよ」

「……ちょっとだけ、待ってもらえませんか?」


 俺はその大柄な男に声をかけ、少し待ってもらう。

 すぐ近くにある自動販売機で、ブラックコーヒーを買う。

 冷えたその缶を手に取ると、その男に差し出した。


「このコーヒー、かなり美味いんで、どうぞ」


 大柄なその男は、口角を上げると、嬉しそうに喜んだ。


「どうも、すいませんね。ちょうど財布を忘れて、困っていたところだっだんですよ」


 その男は、缶の蓋を開けると、ゴクゴクゴクと、一気に飲み干した。


「これは、ウマイですね。ご馳走様でした」

「お気に召して頂けたようで、良かったですよ」


 俺は吸い殻をゴミ箱へと捨てる。

 そして自動販売機で飲み物を購入した時にはすでに、アリーナへと向かうその男の後ろ姿は、小さくなっていた。

 その手には、コーヒーの空き缶を持ったままで。


 煙草吸いってのは、基本的に人から嫌がられる事が多い生き物だ。

 でもその煙草吸い同士でしか、わからないメリットもある。

 どうやら、思っていた以上に、次の対戦校は手強いと感じたのだった。


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