第33話 再会、武田智

 試合を終えた真弓高校が、弓道FPS台から出てきたようだ。

 俺は3人の選手達に近寄ると、労いの言葉をかける。


「お疲れさん。ひとまず初戦は勝った、次の試合までには少し時間があるから、ゆっくり休むといい」


 この選抜大会は女子の部から試合が始まり、次に男子の部へと競技が進行する。

 一巡したのち、第2回戦が始まる流れだ。

 そして準決勝戦までやった後、明日が決勝戦となる。


「くっそーやられちまったぜ!! 次は生き残るぞ!!」

「はぁ……まだそんな事言ってるわけ? そんな事だから、榊󠄀原はバカなのよ」

「なんだとてめぇ!!! このコケシ女がぁぁぁぁぁぁ!!」

「言ったわね!! このアバズレがぁぁぁぁぁぁ!!」


(試合が終わってすぐコレかよ………ったく、やっぱ問題児だわ)


 面倒くさいので、この問題児達は放置する事にする。

 一方、藤原は相手のリーダーと、何やら話をしているようだ。


「クックックッ、どうだ? わたしの作戦に、まんまと踊らされたであろう?」

「ふん! 認めてあげる、真弓高校の実力をね。だから……次も勝ちなさいよ、弱小校に負けたって、思われたくないから!!」

「クックックックックックック!!」


 藤原はおそらく喜んでいるのだろう。

 ただその表現が宇宙人すぎて、相手には伝わってないようだが……

 その表現に嫌味がさしたのか、三本高校のリーダー、白鳥はプイッと他所を向き、その場を立ち去ろうとする。


「……白鳥とやら、トリプルアローレイン、なかなかいい技だったぞ」

「あたりまえ!! だから、頑張りなさいよ」


(やれやれ、困ったものだな)


 その少女達がその場を放れた頃、喧嘩していた問題児2名をなだめ、次の試合までの間、各自待機と指示を出した。


「つーわけで、俺はちょっとコンビニにでも行ってくるわ」


 煙草のストックが切れかけていたので、招集場所を後にし、俺もその場を離れようとする。     

 藤原と榊󠄀原が、ワイワイとしながら観客席へと戻って行く中、矢野はまだその場留まっていた。

 コンビニに行こうかと思った矢先、矢野が気になったので俺は声をかけてみる。


「ん、どうした? コンビニ行くか?」

「……いく」


 その言葉に、俺は少し喜びを感じた。

 矢野を連れて騒がしい会場を出ると、近くにあるコンビニへと向かった―――



 コンビニ袋をぶら下げたまま、俺はアリーナから少し離れた場所にある、ベンチに腰掛けた。

 木陰となっているその場所は、そよそよと吹く風が、涼しげに感じられた。


 矢野は俺から少し距離を空け、同じベンチへと座っている。

 そして俺が渡したシーチキンオニギリをモグモグと食べていた。


(以前もこの場所だったよな、あの時よりは、少し暑いけどな)


 俺は買ってきたコーヒーを飲みながら、物思いにふけっている。

 すると、矢野が喋りかけてきた。


「ねえ、先生。このオニギリって、誰が作ったの?」

「………俺だよ」

「そう。以前食べたオニギリも、そうだったの?」


 そうだと矢野に返事をする。今の矢野になら嘘をつく理由がない。

 正直に答えたならば、矢野はフフっと笑う。

 手に持っていたオニギリをバクバクと食べ終えると、紙パックのお茶を飲んだ。


(はは、少しは認めてくれたかな? あのときは、俺が握ったオニギリだなんて、言えなかったけどな)


 涼しげな風が「そよそよ」と吹く。

 不思議と、さっきより心地よい風だ。

 今ならばと、俺は矢野に喋りかけてみる。


「なあ、矢野。さっきの試合、感想はどうだ?」

「そうね。必死だった、かな。結果として勝てたから、今は嬉しいと思ってる」

「そうか。でも、ここで満足するなよ。本当に喜ぶのは、決勝で勝った時だぞ」

「それはなぜ? なぜ満足しては駄目なの?」

「それはだな―――」


 人は目標に向かって頑張る事が出来る。ただ、目標を達成すると、安心してだらけてしまう場合もある。

 弓道においてもそれは同じであり、予選通過を目標とすれば、通過した途端、安堵して射が乱れる場合もある。


 あくまで、目標はインターハイに出場した、その先であること。この試合はただの通過点でしかない。

 とは言っても、今の矢野にはピンとこない話であるかもしれない。

 でもだからこそ、教えておきたいと思ったのだ。


「そう……先生は、本当に凄い選手だったみたいね。そう思った」

「凄くはないさ。結果は出たけど、その仮定では、必死に努力したからな」

「……そうなのね」


 ふと、昔を思い出す。思い出したそれは、苦い思い出だった。


(あの時の事を、なんでか思い出してしまったな……まぁでも、教え子達には関係ない話だな)


「―――先生?」

「ははは、なんでもないさ。要は、次も勝てって事」


 俺はゴミを片付け、その場を去る準備をする。

 すると、遠くからこちらへと歩いてくる一人の男が視界に入った。


「あいつは―――」


 着物のような紺色の袴姿をしたその男は、俺を見るなり、不気味な笑みを浮かべながら、徐々に近付いてくる。

 長身で顔はイケメンなのだが、俺にとってそいつは、嫌な奴にしか見えていない。


 矢野も警戒している様子で、その男を見ていた。

 俺はベンチから立ち上がると、矢野をかばうように前へと出る。

 会話が出来る程度に接近すると、その男は立ち止まった。


「やあ。久しぶりだねぇ。後藤葵……いや、今は後藤先生かなぁ?」

「なんの用だ? 武田たけださとる


 俺はその男に、静かに怒りを込めた声で、返事をしたのだった。

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