第20話 え、使用人?
入学式が終わり、生徒達が下校する時間となった頃。
仕事を終わらせた俺は、弓道場を目指して歩いていた。
道場へと近づくにつれ、矢を的に中てる音が響いてくる。
それにしても、よく音が聞こえてくるものである。
道場が見えてきたところで、まずは矢取り道へと行ってみる。
そこから射場の様子を覗くと、そこには袴姿で弓を引いている少女が2人。
『正面打起し』の妹尾と『斜面打起し』の藤原である。
2人とも集中して弓を引いているようだ。
何やらピリピリとした空気となっているのが伝わってくる。
俺は
どうやら合計7本の矢を射った後のようである。
妹尾の的には、矢が5本刺さっている。
藤原の的には、矢が7本刺さっていた。
(なるほど、これから8射目か)
大前は妹尾。
弓を打ち起こすと、綺麗に弓構える。
バランスよく引き分け、会へと入った。
——————バシュッ
——————パンッ
鋭い離れが出ると、その矢は的に吸い込まれるように飛んでいき、的の中心である、
落は藤原。
弓構え、引き分け、会へと入る。
会に入ったかと思いきや、2秒程で離れを出す。
———カシュッ!
——————パァン!!
見事に、
その引き方に癖はあるが、矢の刺さった場所はまとまっている。
残心を終え、
〈パチパチパチパチ〉俺は藤原に対して、拍手をする。
その音が聞こえたのか、藤原はこちらへと向くと、ニヤっとした笑顔となる。
隣で弓を引き終えた妹尾も、俺と同じように拍手をしていた。
(藤原の奴、癖のある射だけど、やっぱり上手いな)
「お願いしま〜〜す!!」
藤原が的場に対して、矢取りの合図をする。すると的場のほうから「入ります」と男性の声が聞こえてくる……男性?
的場へ視線を向けたならば、白い手袋に黒いスーツ姿の男が、矢取りをし始めた。
的に刺さっている矢を、一本一本丁寧に抜いていく。
この人は絶対弓道部じゃない。でも犯人の検討はつく。
矢取りを弓道部以外の人にさせていいとは言ってないのだが?
射場から水色の髪をくくった妹尾がこちらへと歩いてくるなり、俺にドヤ顔をする。
「申し遅れました。わたくし、今日から弓道部員になりました、妹尾沙織と申します。後藤先生、よろしくお願いしますわ」
「なあ妹尾……あのスーツ姿の男は誰だ?」
「わたくしの使用人です。何か問題がありまして?」
ここはなんて言えばいいんだろうか?
後輩に矢取りをさせても、使用人に矢取りをさせた事はない。
これは、どうするか考える必要があるな……
「沙織様、矢取りを完了しました。いかがなさいますか?」
「ちゃんと矢を分けてから、矢立箱に戻しなさい。丁寧に扱うのよ?」
「かしこまりました」
スーツ姿の使用人は、俺に頭を下げた後、白いシーツのようなもので矢を包み、玄関から射場へと入っていく。
きちんと神棚にお辞儀をすると、矢を丁寧に矢立箱に戻していく。
(あ、ちゃんと
射場にいる藤原は、その使用人に「ご苦労」と言わんばかりの態度をしている。
おいおい、これでいいのか?
この状況を見た矢野や榊原は、何を思うだろうか?
噂をすれば、榊原がやって来た。
妹尾の姿を見るなり、さっそくその髪色に反応したようだ。
「おお〜もしかして新入生か? 派手な髪色してんな〜」
「初めまして、わたくし、妹尾と申します。もしかしてその安っぽい髪色は、ファッションのつもりでございますの? 素直な感想は“ダサい“ですわ」
「あぁ? なんだとテメェ!! この水色ブスめがぁぁぁ!!」
完璧な身のこなしで、お嬢様としての品を出しつつ、そしてダサいの一言。
憤怒した榊原が格闘技を連打しているが、全て防がれている。
最近のお嬢様キャラは、護身術でも身につけているのだろうか?
今度は矢野がやって来たのだが、妹尾と榊原の様子に、首を傾げている。
「これは……なに?」
「ああ矢野か、これはだな」
俺は今までの流れを、簡単に説明した。
それを聞いた矢野は、呆れた表情でため息をつく。
「とりあえず着替えてくる。矢取りの件に関しては、ロン毛先生が決めて。私はどっちでもいいから」
「そ、そうなの?」
俺の予想では「弓道家たるものぉ!」とか言って怒るかと思ったんだが。
いったいどういった心境の変化なのだろうか?
すると妹尾は矢野を見るなり、矢野の怒りを買うような発言をする。
「顧問に対して、ロン毛先生とは……あなたの品のなさが伺えますわ。だからゴ○ブリみたいに、頭も黒いですのね」
「はぁぁぁ??? この成金ビッチがあぁぁぁぁぁ!!」
射場に行こうとした矢野の足が止まり、妹尾のその言葉に憤怒する。
そこは3人の問題児による、大乱闘ステージと化した。これでは練習にならないだろう。
ただ1人を除いて……
「お願いしま〜〜す」
〈パンパン〉と、手を叩く音が聞こえた。
「矢取り、はいります」
あの使用人も藤原も、順応が早い。矢取り道で起きてる出来事は、気にならないのだろうか?
藤原は不屈のメンタルなのか、はたまた無神経なのか……どちらにしてもマイペースである。
あまりにも騒がしいので、俺は少しその場から退避する。
(賑やかなのはいいけどさ……もうちょっと仲良くできないものだろうか?)
少し距離をあけると、矢取り道に咲き乱れる、桜の木を見上げた。
綺麗に花を咲かせていて、その周辺には春色の花びらが「ひらり」と優雅に舞っている。
矢野、榊原、藤原、妹尾。どうやら今度の選抜大会のメンバーは、これで決まったようだな。
「色々と考える事が、たくさんあるよなー」
ひょんな事がきっかけで、俺はこの弓道部の顧問となった。
果たしてどこまで戦っていけるのかは分からない。
でもやるからには、行けるところまで行きたいと思っている。
この少女達を見ていると、俺はなんだか昔を思い出す。
(形は違えど、よく射の事で言い合いしたよな……その度に、よく弓で対決してたなぁ……なんだか懐かしい)
『高校弓道選抜大会』まで、あと2ヶ月。
俺の新しい教員生活は、壮絶な戦いとなるだろう。
そう教えてくれたのは、自分の心だった。
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