弓をブン回すお嬢様

第18話 弓の使い方違わない?

「以上をもちまして、お祝いのメッセージとさせていただきます」


 力のない拍手が、広々とした体育館の中で鳴っている。

 入学式というのに全然めでたさを感じないな。

 髪を染めた連中がチラホラいるし、普通の生徒でさえ誰1人喜ぶような様子は見せない。

 ハゲ頭にダラダラと呪文みたいな事を言われてだるいのだろう。

 だが、それには共感するぞ。生徒達よ。


 ステージ上から校長が降りると、椅子に座っている生徒達が立ち上がる。

 それぞれ割り振られたクラスへと向かって、体育館から退場していく。


 ちなみに俺はクラスの担任教師にはなっていない。

 それはあくまで、工業系の専門科目を教える立場として就任したからだ。

 でもその割には、すんなり部活の顧問になれたんだよな。

 その後、体育館内の片付け作業が始まった。


「後藤先生、その椅子はこっちですぞ」

「はい、わかりました」


 肉体労働は慣れているので、こういった仕事なら大歓迎だ。

 力が、力が溢れてくる! 無意識に俺の動きが加速し始めた。

 周囲で動いている先生の動きが遅く感じる。そんなんじゃ化石になっちまうぜ!!


「後藤先生、なんだか張り切ってますね」

「本当だ。ここはこっそり任せてしまいましょうか?」


 椅子の片付けを終え、気がつくと俺は1人だけだった。

 あの教師共……さては先に帰りやがったな。

 やる気無くしたわ、有給使うか。


 ステージの裏で休憩していると、体育館に入ってくる生徒達の姿があった。

 誰もいない体育館でこの状況、なんか見たことある気がする。


 そこにはチンピラが2人と、水色の長髪をした少女。

 その少女の手には、布に巻かれ、背丈より長いものを担いでいる。


(あれ? あの少女が手に持っているのは、矢筒と弓か?)


 俺は隠れたまま、その様子を伺うことにした。

 いざという時は、俺の出番だな。


「本当にここで練習しているのですか? とてもそうには、感じないのですが」

「おやおや〜まだ気がついてないわけ〜?」

「そんなの俺達が知るわけないじゃ〜ん」


 どうやら、騙されてここに来たらしい。推測するに、弓道場を探していた少女に嘘をつき、あのチンピラ共がここまで連れてきたのだろう。


「どいてもらえません? わたくし、早く弓道場を見に行きたいのです」

「この状況でそんな事言える? 君、この後何されるかわかってないよね〜?」

「弓道なんてあんなダサい遊びはやめて、俺達と遊ぼうぜ〜」


〈バシィンッ!!〉水色の髪をした少女は、手に持っていた弓でチンピラをぶっ叩いた。弓は布に包まれているとはいえ、あれはかなり痛いぞ。


「もう一度言いますわ、どいてもらえませんか?」

「痛ってぇ〜やりやがったなこの女!!」

「やっちまうぞテメェえ!!!」


 そこから俺の目に映った光景は、それはもう酷い惨劇だった。

 例えるなら、一方的に料理されている野菜である。

 チンピラ共がその少女に殴り掛かろうとするのだが、ことごとく避けられては、弓で殴られている。


(おいおい……弓ってそうやって使う道具じゃねぇぞ。まるで薙刀じゃねぇか……)


 その少女は途中で痺れを切らしたのか、弓を振りまわす勢いが増した。


「しつこい男ですわね。もう手加減はいたしませんわ!」


 今度は弓に体重を乗せた一撃。振り幅が大きくなる。

〈バッコーンッ!!〉大きな音が鳴り、チンピラを1人殴り倒す。

 次に背中に背負っていた矢筒から、矢を取り出した。


(ん? え? それをどうするの?)


 もう一人のチンピラを蹴り飛ばすと、その顔面を目掛けて、その少女は勢いよく矢を突き立てた。

 壁に追い詰められたチンピラが、情けない悲鳴をあげる。


「た、助けてぇぇぇ!!」


〈ガスンッ!〉矢が壁に刺さった後、チンピラの頬には赤い切り傷がうっすらと浮かび上がる。


(壁に穴が……気が強いのか乱暴なのか……)


「これ以上わたくしにちょっかいを出すなら、刺しますよ?」

「ヒィぃぃぃ! ス、すいませんでしたぁあ!!」


 チンピラは倒れた相方を担いで、体育館から逃げ出すように出ていったようだ。

 俺は登場するタイミングを見失ったので、そのまま隠れたままだ。

 客観的にみて、かっこ悪いもんな。

 その少女は手に持っていた矢を矢筒へとしまうと、体育館から外に出た。


「行ったかな? さて、俺も出るとするかな」


 ステージの裏からコソコソと出てくると、さっきの少女が出た出口とは、反対側の出口へと向かう。


 ガラガラとドアを開けたなら、そこには水色の髪をした少女が立っていた。

 え? この子はなんでここにいるんだ?

 しかもなんか俺を睨んでね?


 水色の髪を「さらさら」となびかせながら、その少女は俺に尋ねた。


「そこの貴方。ちょっとお尋ねしたい事がありますわ」

「へい、なんでしょうか?」

「弓道場はどちらにあるか、ご存知です? もしご存知なら、教えて頂きたいのですが?」

「えっと、クラスに戻らなくてもいいのかい? だってまだ———」

「“教えて“頂きたいのですが?」

「はい、わかりました!」


 恐怖という見えない力に怯えながらも、俺はゆっくりと歩き出す。

 水色の布を巻いた弓と、水色の矢筒を持つ少女。

 おそらく一年生であろうその少女は、さっそく学校をサボろうとしている。

 そしてそのサボりを斡旋しているのは、まごうことなき俺であった。


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