第17話 3人目の弓道部

 喫煙所に来ると、煙を体内へと補充する。

 少し離れた場所には、無表情で座り込んでいる藤原がいた。


「フゥゥゥー。んで、さっきから何してるわけ?」

「息だ」

「……頑張ってください」


 俺が吐いている煙からだと、風上にいるから、副流煙を吸っているわけではないよな?

 だけど怒ってんのかどうかわかんねぇ。言葉が選びにくくて仕方ない。


 タバコの吸い殻をゴミ箱に入れると、近くにある自動販売機でブラックコーヒーを買う。後ろから視線を感じたので、そのまま続けてお金を入れた。


「藤原は何か飲むか?」

「そうだな、じゃあこれにしよう!」


 ひょっこりと隣に現れたかと思いきや、勝手にボタンを押しやがった。

 藤原は嬉しそうな顔で、炭酸ジュースを飲み始める。

 やれやれ……もう一本吸っていくかな。

 電子タバコを口に咥えたところで、藤原がこんな事を聞いてきた。


「なあ、変革した弓道のルールについて、どう思っている?」

「あぁ、正直言うと嫌いだよ」

「なるほどな、興味深い」


 ジュースを飲んでいる藤原の横で、煙を上に向かって吐く。

 先ほどまで曇りだった空が、少し明るくなっているようだった。


「なあ、教えてほしい。なぜ弓道部の顧問をやろうと思ったんだ?」

「あの金髪色の髪をした少女と約束したんだよ、弓道を教えてあげるってな。理由はそれだけだよ」

「ほほーう……イヤらしい奴だな。イヤらしいのは髪型だけにしてくれないか?」

「なぜ、そうなる……」


 吸い終えた吸い殻をゴミ箱に捨てると、タバコをポケットへとしまう。

 さて、戻って練習再開といきますかな。


「藤原は練習どうするんだ? 今からやるか?」

「今からか? 確かに入部はしているから、それは自然の事だろうけど……しかし、今からか……」

「どっちでもいいよ、自分で決めるといい」


 そういって、自販機のゴミ箱に飲み干した空き缶を捨てる。

 お金を投入し、新しく飲み物を3本購入した。

 購入し終えたときには、もうそこに藤原の姿はなかった。

 俺はてくてくとアリーナの入り口へと向かう。

 藤原の姿もないし、その気配も感じない。


(帰ったかな? 来るかと思っていたんだが、予想は外れたようだ)


 誰もいない廊下を歩きながら、俺は少し考えていた。

 俺も歳をとったのだろうか。

 もし弓道家だった頃なら『かけ』を投げる事なんて、絶対しなかったと思う。

 試合を長引かせたくなかったのと、勝てる確率が高い方法を選んだのだが。

 改めて考えると愚行かもしれない。


 昔の俺は、今の自分に対して何を思うのだろうか?

 その行動に怒ってしまのだろうか? それとも……


 考え事をしながらブースまで戻ると、部屋の中から騒がしい声が聞こえてくる。

 俺は少し離れた場所から、そのブース内をこっそりと覗いてみる。


 愉快な表情で、笑い転げている榊原。

 はだけた私服を、怒りながら整えている矢野。

 

 そして……


「クックック!!」


 悪魔のような笑みを浮かべながら、矢野をからかう藤原。


(そうか、先に戻っていたんだな。俊敏な機動力だこと)


 持っていた飲み物が、無駄にならなくてよかったと思う。

 矢野が服を着るまでは、おそらく入らない方がいいだろう。

 俺は手に飲み物を持ったまま、ブースから離れた。


「それにしても、部員が3人揃ったな。運がいいのか悪いのか、もう途中で辞めだなんて、言えなくなったな〜」


 ふと、廊下の窓から外を見ると、空が綺麗に晴れていた。

 窓から射し込む、ポカポカした日差しが気持ちいい。


「もうちょっとだけ、気合い入れようかな。なぁ、そう思ってんだろ?」


 その言葉は誰に対して問うたものなのか……なんだか不思議な気持ちだ。

 ただ自分の中にある何かが、そうしなければならないと感じているらしい。

 俺は気持ちに整理がつかないまま、ブースへと戻る。


 さて、残りの練習時間は少ないが、教えてやれる事は何かあるだろう。

 手に持っていた飲み物を、3人の問題児達に渡すと、今日の練習を再開したのだった。



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