第16話「愚行」
―――――カンッ!
案の定、その矢は勢いよく弾かれた。
奴の身体能力だけ、さらに向上しているんじゃないかと疑ってしまうほど見事だった。
「藤原、弓道じゃなくて何か違うスポーツの方が向いているんじゃねぇのか?」
「ふふん、よく言われるニャ!」
俺は木の影に身を隠すと、顔だけ覗かせながらリロード時間を待った。
藤原は弓を使って、棒高跳びのようにして川の対岸へと渡る。
近くにある木の隣で、同じようにリロード時間を待っているようだ。
「おそらく、お前じゃ私に勝てないニャ」
「えらい自信だな、なんでそう思うんだ?」
「それは私が"弓の使い手"だからニャ」
そん時くらいニャをつけないで欲しかったよ……
リロード時間が終わったので、俺は小指と薬指で“矢を2本握った“
弓の使い手か……なにか憧れがあるんだろうな。
藤原は矢をつがえると、弓構えをする。
俺は確信していた、この2本で勝敗がつくだろう。
呼吸を整え集中する。
「つーか弓の使い手って、どういう意味でついたか知ってるのか?」
「意味? そんなの知ってるニャ!! 弓道が上手いから、ついたのニャ!!」
藤原は川沿を走りつつ、勢いよく引き分けると会に入る。
奴の引き分けと同時に、俺は木の影から飛び出し、なるべく川の対岸にいる藤原に接近しようとする。
藤原が離れをする直前、俺の右手は矢を握ったまま、ボールを投げるように振り被った。
右腕にはめていた茶色いソレは、帯をひらひらとさせながら対岸へと飛んでいく。
「ーな!?」
俺の行動に一瞬動揺する藤原。
そりゃそうだろうな、弓道部なら皆が大事する『かけ』を放り投げているんだからな。
俺はそのままの勢いで、矢を弦につがえると素手で引き分け会へと入る。
ザックリと狙いを定めて、いい加減な矢を放つ。
藤原と俺が、ほぼ同時に矢を射った。
――――バシュン!
――――――バシュン!
「し、しまった!?」
「気がつくのが遅ぇよ、その反射神経がかえって裏目に出たな」
1本目の矢は、藤原を誘導するためのダミーだ。
つまり2本目が本当の一射であり、ダミーにつられた藤原の矢は、見事に俺を外した。
藤原が2本目を準備し始めた頃には、俺は川沿いから対岸に向けてジャンプ。
2本目をつがえ会に入っている。
その場から逃げようとする藤原に、瞬時に狙いをつける。
――――バシュッ!――
――――パァーンッ―――
放った矢は、見事藤原を貫いた。
***
仮想空間から戻ってくると、モニターの前に居た2人が、度肝を抜かれたような表情をしていた。榊原に限っては口を大きくポカーンと開けている。
おいおい、可愛い顔が台無しだぞ。見てる分には面白いがな。
よほど驚いているのだろうか? 2人は無言のままだ。
隣の台から藤原が出てくると、怒ったような表情で俺の方に寄ってくる。
「なぁ、だからなんでレンズのない眼鏡をかけるんだ? 最近の伊達眼鏡ってのは、レンズ入れないのか?」
「そんな事はどうでもいい……ただ、一つ教えてほしい」
「なんだ?」
「どうしてかけを投げたんだ? 弓道家として、恥じる心はないのか?」
弓道家として恥じる心か、面白い事を聞いてくる奴だな。
榊原と矢野も俺の言葉に興味があるようだ、こっちを向いている。
「結論から言えば、恥じる心はある」
「じゃあ、私に勝つために、恥じたというわけか!!」
「………何か勘違いしているようだな」
なんとなく、こうなるのではないかと思っていたのだが、やっぱりこうなった。
「競技のルール上、違反はしていない。それに試合で相手に矢が当たれば勝ち。そういう競技だろ?」
「だからといって……」
「ひとつ教えてやる。古い自分のこだわりを追求したところで、それは所詮自己満足でしかねぇよ。こだわりを認めてほしければ、勝ってから言うんだな」
我ながら冷たい言葉だと思う。つまり弓道の競技ルールか変革した事により、今までの常識が非常識となり、逆もまた然りだ。
とはいえ、まともに試合をしていたらかなり長丁場になっていた事だろう。
さっきの言葉が気に入らなかったのか、藤原はムスッとした表情をしている。
時計を見ると「14:00時頃」だったので、気分転換に小休止を取ることにした。
「榊原と矢野も、小休止したら今度こそ練習だ」
俺はそう言ってブースの外にでると、喫煙場所へと向かった。
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