レンズのない眼鏡をかけた変人

第13話 正面と斜面の違い①

 ブースに戻ってくると、榊原が誰かと試合をしているようだ。

 液晶モニターに映る、2人の試合を観戦する。


「この紫髪のキャラ、ずば抜けて上手い。しかも流派は斜面打ち起こし、俺と同じじゃねぇか……」


→ → → → → 【解説】


 弓道には、大きく分けて2つの流派がある。


〈一つは、正面打起しょうめんうちおこし〉

 一般的に、弓道家の半分以上の人がこの流派だ。

 弓の構えとしては、体の正面で両こぶしをそろえ、頭上に上げる構えである。

 弓構えから会に入るまでの間、力のベクトルを調整しやすい。


 神事や祭りなど、魅せる弓術として普及しているのが、正面打ち起こしだ。

 弓道昇段審査等で好まれるのが、この流派である。


〈二つは、斜面打起しゃめんうちおこし〉

 極端に言えば、中てるために特化した流派であり。実戦向けの流派である。

 弓の構えは、体の左斜め前で弓を構え、頭上に上げる。

 押し手重視(弓を持つほう)のその引き方は、強い弓を引きやすいといったメリットがある。


 手の内弓を握るをつくり、弓の構えをしながら走り回れるのが斜面打ち起こし。かの戦国時代での多くはこれだ。

 それぞれに長所短所はあるが、大まかに流派の違いを説明すると、このような感じだ。


→ → → → → 【解説終わり】



 試合をしている様子を見ている限り、紫髪の少女には弓の練度がある。

 その動きも無駄がなく、弓に矢をつがえ装填てから、放つまでの時間も短い。


 何事かといった様子をしながら、矢野もブースへと戻ってくる。

 俺はモニターを注視したまま、矢野に喋りかけた。


「矢野も見ておくといい、この紫髪の少女キャラは、全国レベルの腕前だ」

「全国レベル? でもこの人はいったい……」


 心当たりがないわけでもないが……ひとまず俺と矢野は、モニターに映っている試合の様子に、釘付けになってた———



 2人が争うそのステージは、川を挟むように、背の高い木々が生い茂る公園のような場所。


 中央に幅5メートルほどの川があり、水が勢いよく流れている。

 蛇行した川の周辺には、背の高い木々が生茂っている。



 ***

 


 紫髪の少女と榊原は、川を挟むようにして戦っている。

 榊󠄀原が会へと入り、対岸に向かって矢を射る。


——————バシュ!


 勢いよく飛んでいく矢は、紫髪の少女を的確にとらえていた。


「ニャッハッハ!! 甘い甘い」


――――カンッ


 紫髪の少女は飛んできた矢に対し、弓を振るい軽々と弾く。


「うそだろ!? なんて動体視力だ……」

「ニャッハッハ! こんなの楽勝ニャ!」


 榊󠄀原はリロード時間となり、しばらく矢が射てないようだ。

 あわてたように木々の中へと身を隠す。


「そんなところに隠れても、無駄ニャッ!!」


 その少女は髪をなびかせながら、川の対岸に向かって勢いよく走り出す。

 棒高跳びのようにして持っていた弓を使い、蛇行した川を飛び越え対岸に着地した。

 川を飛び越える様子を見ていた榊原は、驚いたように声を上げた。


「ちょっと! そんなのあり!?」


 紫髪の少女は矢をつがえ、弓構えの体勢で木々の中に入ると、少し離れた木の裏に隠れている榊󠄀原を狙う。

 

「ほれほれ、避けてみるニャッ!!」


—————バシュンッ


 勢いよく弦から飛び出したその矢は、榊󠄀原を狙い飛んでゆく。

 間一髪、榊󠄀原は体を伏せて、なんとかその矢をかわした。


 そう思ったのも束の間、榊󠄀原が伏せた体を起こした時、紫髪の少女がすでに次の矢をつがえ、弓構えをしていた。

 引き分けを飛び越し、瞬時に会に入る。余裕の笑みで苦笑いしている榊󠄀原に言い放つ。


「王手ニャッ!」

「うそでしょ……この私が手も足も出ないなんて……」


 紫髪の少女が、ニヤリと笑う。


——————パァンッ


 次の瞬間、その矢は榊󠄀原を貫いた。

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