第12話 矢野とオニギリ

 練習用のブースへと戻った俺は、2人が仮想空間でCPUと戦闘している様子を部屋にある液晶モニターで眺めていた。

 試合が終わり、設置された弓道FPS台から2人が出てくる。

 榊原の表情は楽しそうだが、矢野の表情は苦痛そうだった。矢野に感想を聞いてみる。


「どうだ? だいぶ慣れたか?」

「全然……弓を引くのは楽だし、動き回れるけど、感覚が全然違う」


 榊原には慣れたものかもしれないが、矢野には慣れていないものだろう。

 ただ公式戦の試合では仮想空間での競技となる。

 動いている相手に当てる練習をするのも,

この競技では必要だ。

 時計を確認すると昼前だったので、ここでお昼休憩にする事にした。


「よし、じゃあ昼休憩した後は、公式戦のレギュレーションでやってみようか」

「後藤先生、勝負しようぜ!?」

「そのうちな。でも勝負よりもまず、身につける事がある」


 榊原が残念そうな声で返事をし、矢野は嫌そうにため息をついた。

 榊󠄀原はカバンから弁当箱や水筒を取り出すと、部屋にある机の上へと広げた。


 俺はコンビニでも行こうかと思い、持ってきたショルダーバックを背負う。

 部屋の外に出ると、矢野も一緒に部屋から出てくる。


「お、矢野も昼食を買いに行くのか?」

「ええ、そうですけど」

「そうか、じゃあ一緒に買いに行くか?」

「結構です。自分1人で行けますから」

「そうか……」


 相変わらず厳しい。一緒にコンビニに行く事すら許してくれないとは……

 もうちょっと、愛想よくならないものかと思う。

 お手洗いにいった矢野を置いて、近くのコンビニまで行く事にした。

 

 *


 コンビニで買い物を終えて、歩いて10分程かかるアリーナに向かっていた。

 駐車場を横切り、アリーナ内へと向かう途中、木陰にあるベンチに座り込んでいる矢野の姿が目に映った。芝生を見つめて、ボ〜っとしているようだ。


(もしかして……飯食べてないんじゃないのか?)


 矢野の事が気になったので、コンビニ袋を片手に、ベンチへと向かう。


「おい矢野、飯は食べたのか?」

「なんだ、ロン毛先生か……ご飯は食べてないよ、今ダイエット中なんだ」


 矢野の体格からして、ダイエットしているとは思えない。

 これは直感だが、おそらく矢野は嘘をついている。


(学生の頃は昼飯をケチってたが、矢野の体格で何も食べないのはちょっとな)


 俺は矢野が座っている場所から距離を空けて、ベンチへと座る。

 ショルダーバックからアルミホイルに包んだ大きなオニギリを2つ取り出すと、そのうちの一つを矢野に渡す。


「ほれ、オニギリだけど食べろ。何も食べないのは、体に悪いぞ」


 初めは遠慮していた様子だったが、渋々それを受け取った矢野。アルミホイルの包装を外し、白く大きな米の塊を眺めている。

 控えめにかじると、目を閉じてモグモグとしている。それを飲み込むと、驚いたように目を見開いた。


「このオニギリ……すごい美味しい……」

「そうか、それは良かった」

「具はシーチキンみたいだけど、このオニギリ、誰が作ったの?」

「俺の姉だよ、飲食店を経営しているからな。少し分けてもらったんだ」


 そう言うと俺も、手に持っていたオニギリをかじる。手作りのツナが、ふっくらしてて美味しい。うむ、空腹こそ最高の調味料だな。

 コンビニ袋から小さな紙パックに入ったお茶を取り出し、それも矢野に渡す。


「これ、ロン毛先生のお茶だろ? 私が飲んでいいのか?」

「俺は社会人だからな、お茶を買うくらい楽勝なんだよ。だから飲めばいい」

「ムカつくやつね……でも、そこまで言うなら貰ってあげる」


(ははは。俺もそうだが、素直じゃないやつだ)


 矢野は喉が渇いてたのか、お茶をゴクゴク飲むと、満足そうな表情になった。

 オニギリを食べ終えた俺は、喫煙スペースに行くため、ベンチを立ち上がる。

 すると、矢野が喋りかけてくる。


「オニギリとお茶、ありがとう……助かった……」

「腹が減ってると、色々と疲れるからな。オニギリくらい、いつでもやるよ」


 俺は矢野に背を向けたまま手を振ると、喫煙スペースへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る