第10話 仲の悪い2人

 榊原と矢野に弓道を教え始めてから、一週間くらいたっただろうか。学生達は冬休みという事もあり、俺は仕事を終わらせては道場の練習を見に来ている日々である。


 榊原はやる気マンマンだし、矢野も案外と稽古に励んでいる。以前の指導が効いているのかもしれない。

 俺としては嬉しいかぎりである。この調子で2人が喧嘩する事もなくなればと、そう思っていたんだが……


「この金髪女!! 次はあなたが矢を取りに行く番でしょ? 早く取りに行きなさいよ!!」

「いちいちあたしに指図するな!! 今準備してんだろ!!」

「それが準備? 笑わせないで!! 髪を手入れするなら、矢取りをしてからにしてよ!!」

「髪を結び直してるだけだろ!! 矢野はせっかちすぎなんだよ!!」


(全言撤回。俺はこの問題児達をどう指導すればいいんだ……)


 俺が決めた練習メニューをこなしているし、あまり厳しい事を言って嫌われても困るんだよな……。榊原が矢取りから戻ってくると、矢立箱に矢を収納する。これで、本日の練習は終了となる。


「よし、じゃあ片付けをしよう」


 その言葉に、2人は射場と的場に分かれて道場の片付け作業を始めた。俺はというと、立の結果を記録したノートを見ながら、的中率を計算する。


(榊原は70%、矢野は20%ってところか。榊原はともかく、矢野はまだまだだな)


 俺が掲げた部活の目標は、6月に開催される全国選抜大会で優勝し、インターハイへと出場する事だ。

 現在は3月下旬頃なので、練習期間はあと2ヶ月程度しかない。さらに選手のエントリーは5月上旬が締め切り。ゴールデンウィークが終わったあとである。


 試合に出場するためには最低でも部員が3人必要なので、その人数が集まるかどうかも一つの大きなポイントである。

 職員室で部活に関する書類を確認したところ、正式に弓道部員として活動しているのは矢野と榊原を含む3人。

 現在練習に来ていない部員が1人居るのだが、矢野に聞くところ、姿を見た事はないらしい。


 新しい弓道の競技ルールである『弓道FPS』では、基本的に個人戦は存在しない。

 最悪の場合2人でも出場は可能なのだが、勝てる見込みがグッと低くなるので、それは避けたいところだ。


(インターハイ出場っても、この状態じゃ厳しいんだよな。せめて1人でも、エース級の実力がある子が入部してくれればな……)


 道場の片付けを終えた2人が、一緒に更衣室へと入っていく。

 ギャーギャーと騒がしい声が聞こえて来るかと思いきや、週末だからか、案外静かであった。明日は土曜日である。


 更衣室から制服へと着替え終わった2人が出て来たので、神棚の前で整列する。

〈二礼二拍手一礼〉をし終えると、その場へと正座した。


「明日は土曜日なので、道場での練習はしません。その代わりに仮想空間で、公式戦と同じレギュレーションにて練習を行います。昼食は各自で準備する事、集合場所はココに8時とします。以上」


 2人から承諾の返事を聞くと、本日は解散とした。

 俺は道場の外に出ると、玄関の鍵を施錠する。

 帰路についた榊原と矢野が、帰りながら会話をしているようだ。


「へぇ〜じゃあ矢野は弓道FPSをあまりやった事がないのか?」

「ない……そもそも、あの競技ルールは邪道だと思っているから」

「なんで邪道なんだ? あれはあれで面白いのに。見た目と同じで、地味で頭が硬いんだな〜」

「そうかもね……逆にあんたみたいに、単純でバカそうな奴には、向いているかもね」


 現在時刻は19:00で外はもう暗い、なのに……この少女達はギャーギャーと揉め始めた。練習でヘトヘトになってるかと思いきや、まだまだ元気そうだな。

 それにしても、邪道な競技方法か……あながち俺も共感する部分はあるんだよな。でも現在の公式戦ではそれがルールだからな。順応するしかない。

 道場の施錠を確認したのち、俺も帰路へとついた。

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