第9話 立射

「とゆうわけだ。これで弓を引いてみ、全然違うと思うぞ」


 俺は矢野の道具を調整した後、彼女に渡す。


①まず調整したのは弦の位置。弦輪つるわ(弓に引っ掛ける部分)を調整し、弓の中央から少し右へと張り直した。

②次に中仕掛けなかじかけ(弦に矢を装填する部分)、矢を弦に引っかけるはずの部分をはめてみると、スカスカかったので、少し太くした。

③最後に矢の長さ。長かったので、2cm程度切断し短くした。


「……こんなので変わるの?」

「論より証拠だよ、まあ引いてごらん」


 射場の壁際では、黒い袴姿になり、髪をくくった榊原が正座をしていた。

 矢野が射場内にある弓を引く立ち位置、射位しゃいへと立つ。矢をつがえ、弓構える。まずは矢野の射を観察する事にした。


 矢野の流派は『正面打起しょうめんうちおこし』だ。

 弓矢を持った左右のこぶしを、上に高くあげて打ち起し。引き分けをして、会へと入る。


――――カシュ――

        ―――パスッ


 放たれた矢が、放物線を描き、ゆっくりと飛んでいく。

 飛んでいった矢は、的の少し上に刺さった。


「どうだ?」

「全然違う……的の上に飛ぶ事なんて、あまりなかったのに……」

「とりあえず射形はいじらない。ただ、次からは狙いを少し下げてみ、高さは指示する」

「わかった」


 矢野の射形では、力のある矢は飛ばせないだろう。

 でも狙いをつける時間である会がある分、射は安定している。

 俺は矢野の背後に移動すると、的の直線上へと立ち、狙いの高さを確認する。矢野は会に入ると、矢の先が少し下がる。


「下げすぎ、もう少し上だ。よし、そこでいい」


――――カシュ――


 狙いを調整した後、弦から矢が飛び出す。

 放物線を描きながら、白黒模様の的へと矢が飛んでいった。

 

           ――――パン――


 その音と共に、矢が的の中へと収まる。


「やるじゃん!!」


 その光景を見ていた榊原から、声が上がった。

 同時に矢野の目付きが、少し柔らかくなる。


「当たった……的に……」

「そうゆうこと、とりあえずそれでやってみ」

「はい……」


 俺は射場の壁際に移動し、正座をする。

 それと入れ替わるように、榊原が射位へと立つ。

 2人の準備が整ったところで、号令をかけた。


【今回のルールと射つ順番はこうだ】


立射りっしゃ、射る本数は一手ひとて(2本)

・1番、大前おおまえ―矢野

・2番、おち―榊原


「それでは、これよりたちを行います。始め!!!」


 細かい礼儀作法は置いといて、立ったまま前から順に矢を射る『たち』の形式で行射を行う。さて、どうなるかな。


〈一本目〉矢野

 会へと入り、狙いを調整している。


―――カシュ―――パン!


 放った矢は、的に中った。


〈一本目〉榊原

 弓を引き分け、会へと入る。

 離れの直前、一瞬右手がビクりと動いた。


―――カシュン―――ガンッ


 的の下枠に弾かれ、矢が安土に刺さる。


〈二本目〉矢野

 弓を引き分け、会へと入る。

 先ほどより引き手(弦を引っ張る右手)が先行しているようだ。

 会もさっきよりも長い。


―――カシュ―――パス


 矢が的の下部分へと刺さる。


〈二本目〉榊原

 先ほどよりも長い弓構え、押手(弓を持つ左手)が先行していく。

 ここでも、離れの直前にビクりと引き手が動いた。


―――カシュン―――パンッ!


 的の左、一番外の黒い部分に矢が刺さる。



 立を終えたところで、俺は拍手をする。

 結果は同中により引き分けだ。


「面白い立ちだったよ、2人ともどうだった?」

「思ったより緊張したぜ。まさか矢野が当てるって思わなかったんだ」

「そうだな、一本目で矢野にしてやられたな。矢野はどうだった?」

「………楽しかった」

「そうか。それは良かったよ」


(これで、少しは認めてくれるといいのだが)


 少し自信が持てたのか、矢野は安堵した様子だ。

 だが、いい感じの空気を壊すかのように、榊原が声を発する。


「矢野にしては上出来じゃね? さすがは後藤先生だな。道具を調整しただけで、この下手くそが当てるんだからな」

「はぁぁぁ? 誰が下手くそだ!! 道場が綺麗なのは私のおかげなんだぞ!?」

「誰も頼んでねぇし! 勝手に掃除してんだろ?」

「じゃあ使うなぁぁぁ!!」


(はぁ……まったく、困ったものだ)


 先ほどまで静かだった道場が騒がしくなる。

 俺はその場から逃げるように、こっそりと道場の外へと出た。


 黒髪ショートの矢野琴音と、金髪ロングヘヤーの榊原舞。


 初対面の時と比べると、雰囲気が変わったようで、変わってないような……ま、そうすぐに変わるものでもないか。


 ふと矢取り道に植えてある桜の木を見てみると、昨日まで蕾だった部分が、チラチラと綺麗な花を咲かせていた。

 それを見て、少しだけ心持ちが和んだ。


「教師か……弓道を教える先生だったら、悪くないかもしれないな」


 あのどんよりした雰囲気も、そのうち慣れるだろうか?

 それと願わくば、これ以上問題児が増えない事を祈るばかりだ。

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