第7話 榊󠄀原との約束
ゲームセンターから外に出たあと、入り口横にある灰皿の前で電子タバコを咥えていた。煙をチャージしたところで、隣にいる金髪少女に問いかけてみる。
「で、目的はなんだ?」
「あのさ……あたしに、弓道を教えてほしいんだ」
榊原という金髪少女からは、俺の予想外な言葉が発せられる。
(弓道を教えほしい? なんでまた……)
俺に負けたのが悔しいのか、はたまた別の理由があるのか。
吸い殻を専用のゴミ箱へと捨て、電子タバコをポケットにしまう。
「場所を変えよう、ここでは周囲の視線が気になる」
「ん? なんでだ?」
「俺が真弓高校に就任した新米教師であること。あと榊原がそこの制服を着ているのが理由だ。人目のつかない喫茶店にでも入ろう、俺がおごる」
「なんだ、先生だったのか。おごってくれるならいいぜ!」
ここから少し離れた、知り合いの喫茶店を目指して歩き始める。俺の後ろからは、榊原が慌てた様子でついてくる。
「ちょっとー、おい待てよ!!」
この少女が本気なら、考えなくもない。
少し色々と話を聞いてみたいと思っているのは事実だ。
駅のある方向とは逆方向に歩き始めてから、しばらくして目的の場所へと到着する。周囲はシャッターの降りた飲み屋街の中。
そのお店のほとんどは、本格的な営業は夜からだ。だけど一軒だけ昼間から営業しているお店がある。
そのお店の看板を見るなり、榊原の顔が引きつる。
「おい…なんだこの店は? やましい事は考えてないよな?」
「考えてないから安心しろ、美味しいんだよ、この店」
『♂全力射ゲイ♀』と書かれた看板を掲示してある、ラブリーな外観のお店へと入ると、ピンクの袴姿でスキンヘッドの娘が出迎えてくれる。
「いらっしゃ〜い♪ あら、ゴットちゃんじゃないの〜、珍しいわね〜」
「まあね。二人なんだけど、いい席はあるかい?」
「もちろんよ〜♡ 奥の席が空いてるわ〜ん♪」
入り口の外で、店に入るのを
周囲をキョロキョロとした後、顔を赤くしながらお店の中へと入ってきた。マスターはクネクネと動きながら、笑顔で接客をする。
「可愛いお嬢ちゃん、いらっしゃ〜い♪」
「あ…どうも……お邪魔します」
奥にあるテーブル席へと腰掛け、その対面には落ち着きのない様子の榊原が座る。俺はメニュー表を手に取ると、それを広げた。
「なに頼んでもいいぞ、軽食もある」
「じゃあー……私はこれとこれ」
メニューを注文したあと、的の形をしたテーブルの上に飲み物が運ばれてきた。俺はブラックコーヒー、もう一つはカフェオレだ。
「冷たいカフェオレなのに、なんだかいい匂い……」
榊原はカフェオレの香りに、嬉しそうな表情だ。ストローで冷たいカフェオレを飲むと、満足そうに微笑んだ。
笑えるくらい美味いだろう。有名料理店のシェフですら、認める味なんだからな。
俺もアイスコーヒーを一口飲むと、早速本題へと入る。
「さっき弓道を教えてほしいと言っていたが、それは何故だ?」
「それは……」
浮かぬ顔でカフェオレを見つめながら、言葉を選んでいるようだ。
俺は静かに、少女の口から言葉が出るのを待った。
「あたしが中学生の頃、おばあちゃんと約束したんだ。弓道で入賞して見せるって……」
「なるほどな。その言い振りだと、まだ入賞してないんだな?」
「うん、そうなんだ……」
(お婆ちゃんとの約束か……これまた感動的な理由だな)
「後藤葵さん、あなたに弓道を教わりたい。弓の使い手と呼ばれていた、あなたに」
「……俺の事を知ってるのか?」
「うん、あたし中学時代は弓道部だったから。昔の事を調べていたとき、そこで知ったんだよ」
懐かしい名が出てきた事に驚いた。確かに昔はそんな通り名で呼ばれていたのを覚えているからだ。
懐かしさを感じつつ、榊原の言葉に耳を傾ける。
「あの試合で実力を目の当たりにして、もしかしてって思ったんだ。あの弓返りを見て……そして名前を聞いて、確信したから」
(そうか……そうだったのか)
これはあくまで邪推だが、おそらく弓道に特化した高校だと思って、真弓高校に進学する事を決めたんだろうな。だが現実は予想と大きく違っていた。そして挫折し、半グレみたいになってしまったんじゃないだろうか?
「努力しても結果は出なかった。心のどこかでは入賞する事はもう無理だって、諦めていたんだ……」
そして俺と出会って、その約束を果たす事が出来るんじゃないかと思ったわけか……なるほどな。
コーヒーを飲み干す頃に、榊原が頼んだメニューが運ばれてくる。
「お・ま・た・せ♡ サイドイッチで〜す♪」
「あ、ありがとうございます……」
マスターのセクシーポーズにドン引きしていたようだが、運ばれたサンドイッチの表面に描かれた模様を見て、表情が明るくなった。
そのサンドイッチをガブリとかじると、目をキラキラと輝かせる。
「うま!! こんなサンドイッチ、初めて!!」
お腹が空いていたのだろうか?
ガツガツとサンドイッチを喰らっている。
「教えてやってもいいが、条件がある」
「ん、条件とはなんだ?」
「生まれ変わる覚悟はあるか?」
榊原の手が止まり、目を丸くしている。
やっぱり言葉が難しかったか。今度は言葉を変えて説明する。
「おそらく今の日常よりも、苦しく楽しくないものとなるだろう。厳しい練習に、ついて来る覚悟はあるか?」
少し間があき、真剣な表情になると、返事が返ってきた。
「あたしに、弓道を教えてください!!」
「……わかった、じゃあ明日から練習開始だ。ほれ、食べていいぞ、サンドイッチ」
再び榊原がサンドイッチを手にとる。
その表面に描かれていたのは、的に刺さった矢の模様。
(弓の使い手か……形は違えど、もう一度弓と向き合う事になるか。まさか弓道を教える立場になろうとは。そういや昔は、がむしゃらに弓を引いたもんだ。あの少女みたいにな……)
もう終わったと思っていた弓道人生。
どうやら、もう少しだけ続きがありそうだ。
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